届かない想い-10
彼は、あたしの頬に手を置いた状態のまま、さらに続ける。
「で、待ちに待った引っ越しの日がやってきた。
午前中で彼女の引っ越しは終わってたから、午後はドライブに行きたいとせがむ彼女に言われた通り付き合ったんだ。
俺にとっては初めてのデートみたいなもんだから、結構浮かれてたんだよな。
……でも、その日の彼女はなんだかおかしかった。
茂からもらったプレゼントばかりを身につけて、チーズが苦手なくせに茂の好物だったチーズハンバーグを無理して食べて。
あげくには吸わない煙草を無理して吸って、アイツの真似してもらい煙草にケチつけたりしてさ。
どこまでも消えない茂の痕跡が彼女に残っていたのが、すげえ怖くなったんだ。
そりゃ何年も一緒に暮らしてた茂がいなくなっんだ、そんなにあっさり気持ちを切り替えられるわけがないなんて自分に言い聞かせてはいたんだけど、あれを目の当たりにした時はショックで言葉が出なかった。
アイツの真似ばかりする彼女を見てたら、たとえようのない不安がこみあげてきて……。
早くアイツの居場所作んないと逃げていかれそうな気がして、飯を食い終わったら急いでアパートに連れて帰るつもりだったんだ」
そこまで言うと、久留米さんはあたしの両手から自分の手をそっと離し、その手を再び膝の上に置いて俯いた。
彼の手のぬくもりが急になくなって、涙で濡れた頬がヒンヤリ熱を外気に奪われていくのがわかった。
所在なさげな視線を、久留米さんの手に移す。
彼はあたしの涙で濡れた手をグッと握り締めたまま、膝の上で震えている。
そして、あたしの涙で光って見える彼の拳の上に、一つ滴がこぼれ落ちた。
あたしのものじゃないそれは、すぐに久留米さんのものだと気付く。
泣いているんだ、あの久留米さんが……。
「久留米さん……」
静かに涙を流す彼を見て、あたしもヒックとしゃくりあげ、フォトフレームの上に涙を一滴こぼしてしまった。