第4章 会合-32
笑い収まらぬと言った様子で、しおりんは顔を綻ばせる。
「えっと〜‥すいません、綾小路先輩。‥その、おかしなこと言ってしまいまして‥」
「あら、しおりんで結構よ、私気にいりましたわ、その愛称」
と言われても、さすがに馴れ馴れしくしおりんなどと言えるはずもなく、あたしはただただ恐縮するばかり。場の空気がさっきまでとは全然違ったものとなり、調子が狂ってしまう。でも、ひとしきり笑い終えたしおりんは、表情をすっと引き締める。
「では、条件を提示しましょう。今回の件が解決しましたら、貴方がたに包み隠さず顛末を報告致しますわ。記事にするのも結構。検閲は入れさせてもらいますが、十分便宜を図ることを約束します。その代わり、事が解決するまで、貴方がたは一切手を出さないことを承諾してください」
「随分破格の待遇ですけど、どうしてそんなに優遇してくれるんですか?」
「そうですね、こんなことを言うのは極めて稀ですが、私は貴方が気に入りました。それが理由です」
そうと言われれば悪い気はしないし、条件だって確かに悪いものじゃない。でも、これだと学院側に不利益な情報が回ってこないことも考えられるし、何より結果だけ受け取って記事にするんじゃ、ただの物書きと変わらない。納得行かないあたしは食い下がるわけにはいかなかった。
「でも、調査が必要なら、あたしたちだって力になれるはずです」
「残念ながら、相手は非合法な手段を用いりかねない集団です。貴方がたを危険に巻き込むわけにはいきません」
「それなら先輩だって危険じゃないですか。だって相手は、洗脳とかして来るんですよ」
洗脳と言う言葉に、しおりんはちょっと眉をひそめる。確かに現実味の湧かない言葉だが、今の事態を形容するにはぴったりじゃないかな。
「橘さん、九条会長がどのように生徒を従わせているかは不明ですが、現代において、洗脳などと言う技術は確立されていませんわ」
「かもしれませんけど、今学院で起きてることは、どう考えても異常です。むしろ常識に捕われた考え方でいる方が危険じゃないですか!」
‥んっ?
あたしは今の言葉から妙なことが気になった。しおりんは洗脳と言う考えを即座に否定した。まぁ、確かに洗脳なんておいそれとできるものじゃないけど、まったく的外れでもないはずだ。それなのに、言下に否定するのは何か根拠があってのことなのかな。
もしかして彼女は、九条会長がどうやって生徒を操っているかに目星をつけてるんじゃないだろうか。
先程までの隙のない態度と異なり、しおりんからはこちらの身を案じる意図が伝わってくる。それは本当にあたし達の安全のためなのか、あるいは学院の不祥事を隠蔽するためなのか。その判断はつかないけれど、どちらにせよ答えは決まっていた。
「とにかく、ご厚意には感謝しますが、報道部は調査から降りる気はありません。問題解決には協力はしますけど、こっちはこっちで調査を進めさせてもらいます!」