第4章 会合-31
「‥まぁ、血だわ」
なぜか背筋に冷たいものが走り、俺は急に抱く気が失せていくのを覚えた。
「じょ〜だんじゃない、この状況で手を引けるわけないでしょ!」
バンッと両手を叩きつけると、テーブルのカップが驚いたように飛び上がる。思わず敬語も忘れて怒鳴っちゃったけど、今更後には引けない。それ程、しおりんの言ったことは考えだにしなかったことだった。
「橘さん、これは貴方がたの安全の為に言っていることです。今報道部は大変危険な状況にあるのですよ」
「だからと言って手を引くわけにはいかないわ、だってこんな事許せるわけないじゃない!」
だんだん頭に血が上ってきて、冷静でなくなっていくのがわかる。けど、こっちだって間違ってることを言ってるつもりはない。そうよ、これこそ報道部の使命。真実の報道こそあたし達のやるべきことだわ。危険だからと言って、いちいち引き下がってられるもんですか。
そんなあたしとは対照的に、しおりんは子供を諭すような冷静さで説得してくる。
「いいですか、この一件に九条会長が関っているのは間違いありません。その彼に不審な目を向けられて然るべき行動を貴方がたはとりました。これが何を示すかお分かりにならないほど周りが見えてないのですか?」
「それはお互い様でしょ。大体何で報道部だけ手を引かなきゃいけないのよ!」
「引退したとはいえ、私には元生徒会長としての責務があります。加えて事態を収拾できるだけの力があります。貴方がた報道部を過小評価するつもりはありませんが、今回の件に関しては力不足が否めません。それとも、何か具体的な解決案をお持ちですか?」
「そ、そんなの、‥しおりんは勝手すぎよ、‥って、あっ!」
やっば!
慌てて口元を押さえたけど、出てしまった言葉を飲み込むことはできない。後悔先に立たず、あたし今思いっきりしおりんって呼んじゃったよね。かっかしていた頭からサーっと血の気が引くのを覚える。
当のしおりんは、それこそ鳩が豆鉄砲でも食らったようにきょとんとした顔をして、今言われた言葉の意味を吟味しているようだった。瀬里奈と言えば額に手を当ててうんざりした表情。ちょっと、こういう時こそフォローしてよ。
「‥ふっ、うふふっ、あはははは」
噴き出すような笑いに、今度はあたしが豆鉄砲でも食らったような顔を浮かべる番だった。てっきり怒られるかと思いきや、しおりんは口元を押さえて笑い出したのだ。その屈託のない笑いは、今までの彼女のイメージを払拭するものだった。微笑むところは見たことがあるが、こんな子供みたいに笑うのを見るのは初めて。
「‥薫ですら名前で呼ぶと言うのに、私をそんな可愛いあだ名で呼んだのは、貴方が初めてよ、橘さん」