第4章 会合-26
何にせよ、この事を有耶無耶にしたまま話を進めるわけにはいかない。彼女の特技を奪うようで気乗りはしないけど、少し強硬策を採ることにしましょう。
「仕方ありません。貴方がたが言えないようなら、私が当ててみせましょう。それは三年の新城遥香さんですね?」
弾かれたように顔を起こした橘沙羅は、これ以上ない驚きの表情を浮かべていた。藤堂瀬里奈もまた、ぎょっとしたようにこちらを見る。まったく、本当にわかりやすい子たちね。
「ど、どど、どうして、‥何で知ってるんですか!?」
「橘さん、かまをかけてる場合もありますのに、そのような反応では図星だと証明してるようなものですわ」
「で、でも、あたし先輩の名前なんて一言も‥」
「あっ!もしかして聞こえたんですか、さっき沙羅に耳打ちしたこと」
「いいえ、さすがにそこまで耳は良くありません。ですが私は唇を読むことができます」
目を丸くする藤堂瀬里奈を尻目に、私は橘沙羅に向かって止めの一言を言い放つ。
「考えたことはなかったのですか、読心術が使えるのは何も貴方だけではありませんのよ?」
もっとも、今使ったのは読唇術だけど、と胸の内で付け加える。今度こそ愕然とした表情を浮かべた橘沙羅は、言葉もない様子だった。
しかし自分で言ったこととはいえ、にわかに信じがたい話ね。唇を読んだ時はまさかと思ったものの、こうして裏付けが取れた以上、新城遥香が売春に関与しているのは間違いない。
彼女とはこれまでクラスメイトとして接してきたが、気さくな感じのする、明るく誰からも好かれるタイプで、そんな裏表のある人物として見たことなど一度たりとてなかった。ましてや殿方を誘惑するためビデオの前で自慰に耽るなど、悪い冗談としか思えない。件のDVDを見ないことには何とも言えないが、彼女もまた、学院に従順にされてしまったと考えるべきね。
それにしてもこの売春はおかしい。秘密組織の目的がなんであるにせよ、生徒を学院に従順な存在に変え、誰に気付かれる事なく日常生活を送らせることができるなら、わざわざ第三者と接する売春行為を行うなど、不合理極まりない。
そう考えると、西園寺家や綾小路家が組織的に関与していると言うのは、見直さざるを得ない。少なくとも新薬の実験が目的なら、こんな愚は犯すまい。
もしや学院に従順な生徒を作ることが目的ではなく、売春をさせることが目的なのかしら。
橘沙羅の推測通り、これが有力者の跡取りを狙ったものであるなら、目的は彼等の懐柔とも考えられる。例えば医務室で投与されているのが新薬などではなく、麻薬の類だとすればどうだろう。女生徒の正気を奪えば、売春を強要することもできるし、その彼女達を餌に男子生徒を売春に加担せしめれば、黒幕は彼らの弱みを握ったこととなる。
類推の域を出ない仮説だが、これを仕組んだのが九条直哉だとすれば、筋が通る。名家とは言え、政界には何のコネもない彼が政治家を目指すには、後援者が必要となるはずだ。政界に進出する際、この鳳学院で弱みを握った者の人脈を利用できれば有用な足がかりとなるし、将来的にもその効果は計り知れない。