第4章 会合-16
慎重に計画を検討する中、ノックの音が考えを中断させる。
「直哉様、どうぞお怒りを収めくださいませ」
部屋に入ってきた人物は、四つん這いの女生徒二人を踏みつける姿を意に会した風もなく、落ち着いた口調で諌めてくる。だがその程度で溜飲が下がるはずもなく、不機嫌なまま俺は言葉を返す。
「お呼びした覚えはありませんよ、一体何のご用ですか?」
アネモネが描かれたマイセンのカップを手に、私は湯気と共に立ち上る芳醇な香りを楽しむ。通をも唸らせる、学院喫茶店『飛鳥』の珈琲はブルーマウンテンブレンド。最高級の豆の良さを引き立たせるため、独自のブレンドを施しているのがおいしさの秘密らしい。もっとも個人的な好みを言えば、酸味の強い珈琲が好きで、自室で嗜むときはキリマンジャロを愛飲している。
でも、彼女には何を出しても一緒のようね。砂糖を五杯も入れた珈琲を残念に思いながら、一口目に口をつける。
放課後に入って間もない頃は、喫茶店にとって空白の時間帯。ここが賑わうのは特別進学講座や部活が終わった後、スイーツを求めて生徒達が訪れる頃だが、それまで後二時間はあるでしょう。
実質貸し切りに近い喫茶店で奥の席を陣取り、注文が運ばれた際、給仕が不要であることを伝えたので、ウエイターも近づいて来ない。ある意味、密会に最適と言えるこの場所で、私は緊張した面持ちの二人の女生徒、報道部の橘沙羅、ならびに藤堂瀬里奈とテーブルを挟んで相対した。
「え〜と、お招き頂いてありがとうございます。でもこんなところに呼び出したってことは、人に聞かれたくないお話ですよね?」
最初に口火を切ったのは橘沙羅だが、その口調には戸惑いの色が滲んでいる。これまで彼女とは生徒会長と報道部のインタビュアーと言う立場で接してきたが、今彼女が向き合ってるのは、社交的な態度を作っていない、冷淡で合理的な本来の私。それが緊張を強いているのはわかっているが、この会合で話すことはお互い腹を割ったものでなければならない。だからあえて素のままで臨んでいる。
「社交辞令は抜きにしましょう、ところで報道部は三人で活動していると聞いていますが、もうお一方はいらっしゃらないのですか?」
ここも温かみを感じさせる穏やかな物言いではなく、静かにきっぱりとした私本来の話し方。いつもと違う雰囲気に、彼女の動揺が伝わってくる。
「あっ、紫苑‥、大河内はどうしても外せない用事があるとかで、今日は来れませんでした」
表情を曇らせてるところをみると、本当のことのようね。大河内家の三女とは、蒼月流の展覧会で一度面識がある。お淑やかだが、どこか独特の美意識のある面白い娘だったと記憶してる。
「わかりました。ところで初めにお断りしておきますが、ここでの話し合いはオフレコにして頂きます。おそらく口外できることでもないでしょうけど、報道部の記事として掲載することは禁じます」