蜘蛛娘 またぎの男・山犬 前編-1
親だったか、産み付けられた餌だったかは知らぬ。
喰い、残っていた物が女の髪だったから、
人から産まれたのであろう。
我ら兄妹達は、腹を空かしていた。
自分達で獲物を獲らねばならなかった。
余りに飢えると、弱い兄妹から喰った。
身体の小さな自分の番になる前に離れ、
さ迷い、野垂れているところを偶さか、
またぎの男に拾われた。
こうして獣の道をも外れる。
「余りに汚れていたから、ししが死んでると思ったぞ」
男は湯を沸かし、私の身体を拭き清める。
「ほ、娘であったか。吊り目に三白眼では愛嬌が無いな」
男は器用で頭が良く、山奥の独り暮しを不便なくこなしていた。
男は慰みに、私に言葉を教え、簡単な勘定を教えた。
「そうだ、それを算木を用いずとも頭の中で行うのだ。
お前は言葉は少ないが、頭の働きは良いようだ」
長じて、私は糸を出すようになる。
世を捨て一人、山の深奥で暮らすこの男も、
もはや、真面な人ではなかったのやもしれぬ。
糸を出し、身のこなしの軽い私を不思議とも思わず、
またぎの男は私を使って獲物を獲るようになる。
男は私に、獣の通る道を教え、足跡やふんの見分け方を教えた。
男と私は罠を仕掛け、獣を追った。
罠に肢を取られ、
己の足首を引き千切りながら暴れる獣に、
止めのひと突きを入れるとき、
私は興奮し、血を滾らせた。
「落ち着け。糸を絡めて横倒して喉を突け。
心の臓は急所では有るが、
血の流れが止まって、肉の味が落ちる。
血を出させるのだ。
余計に刺すなよ。穴が多いと皮の値打ちが下がるからな」
獣は血を振り撒いて息絶えた。
男は仕留めた獣を丁寧に断ち割り、皮を剥ぐ。
粗末な小屋で男は作業し、飯を作った。
男がこさえた物は旨かった。
ある日、一人で罠を巡回していると、奇妙な足跡を見つける。
(おかしい。罠を避けている。追ってみるか)
風下から距離を詰め、
姿を認めると、樹上を糸を伝って背後に回り、
静かに降り立つ。
大きな山犬は、此方を鋭い眼で見る。
「…気付かれずに人が寄るとは、な」
「話すのか」
「驚かぬか。やはり真っ当な人では無い様だな」
「争うつもりは無い」
「猟師の連れか」
「そうだ」
「ふん。今の所は見逃してやる」
「…仔が居るな」
「油断のならねぇやつだ」
山犬は、風の様な速さで走り去った。
男は昔、端武者だったが、
嫌気がさして出奔し、またぎに弟子入りしたと言った。
「殿様に覚えられて、取り立てられたのだが、何の事は無い。
私の身体が目当てだったのだ。
そのようにして身を立てた者もいたが、
小姓立ちなど真っ平だ。全部棄てて来たわ。
…よし、尻を出せ」
尻を絡げると、
男は脂を使って、私の尻の穴に一物を押し込んだ。
中に出されると、決まって私は腹を下した。
つづく