(第一章)-3
…ぐちょっ、ぐちょっ…
陰部の割れ目から淫靡な音が洩れてくる。窒息させるくらいに強く内腿で男の頬を引き締める
と、彼の唇が恥骨を刺激し、強い快感が私の背筋を走り抜ける。男の眼が潤み、うわ言めいた
嗚咽を洩らす。男は私の繁みに覆われた肉の割れ目に唇を押しつけながら、残尿で湿った淫毛
の根元まで執拗にしゃぶり続けていた…。
………
「眠ったのか、舞子…」
ベッドの中でふと目を覚ました私のからだが、背後から寄り添ったノガミにゆるやかに抱きと
められる。ホテルの部屋のスタンドライトの飴色の灯りの中で、私は遠い昔の夢を見ていたの
だろうか…。
「私の聖水を欲しがっていた頃のあなたの夢を見ていたわ…」
「舞子の…いや、燿華女王様の聖水か…遠い昔だな…」
私の聖水を欲しがる十数年前のノガミの姿が、瞼の裏に仄かな残像となって漂っていた。こう
してノガミとからだを重ねているというのに、私は、あの頃の別人のようなノガミの夢に浸ろ
うとしていた。そんな自分にかすかな戸惑いさえ感じる。
すでに五十歳半ばの年齢になったノガミと四十歳を過ぎた私のからだ…。ふたりの性愛には気
だるい脆さを含んだ欲情しか残っていない気がする。彼のどこまでも静かすぎるからだの光沢
が、私の空洞を自然と閉じさせ、深い眠りに導こうとさえしているかのようだった。
ノガミとつき合い始めて、もう何年になるだろうか。あの頃、私がSMクラブ「ルシア」で燿
華と言う名前でS嬢をしていたとき、ノガミは私の常連の客だった。私がまだ二十八歳のとき
だ。当時の彼は、ある大学の教授に昇進したばかりで、ひとまわり以上も年上だった。
そして、私がSMクラブ「ルシア」をやめてから十年後に、偶然、彼と再会し、つき合いはじ
めた。私が夫と離婚して一年半後だった。
つかみどころのない風が交わるように私たちは、唇を重ね、からだを交えた。そのとき、ノガ
ミは鞭を欲しがる男でもなく、私は聖水を彼に与える女でもなかった。お互いが過去に秘めた
記憶の断片を避けるように愛し合った。いや、愛し合ったのではなく、もしかしたら私も彼も、
遠い夢から覚めた渇いた心と性を引きずり、ただ自分の癒しの対象とするためだけに互いを
独りよがりに必要としていただけかもしれない。
「私たちって、どういう関係なのかしら…」
「どういうことだ…」
ノガミの唇が私の背中の窪みをゆるやかに愛撫する。
「ただ…何となくそう思ったのよ…」
恋人でも、夫婦でもないノガミとの関係…もちろん不倫でも愛人でもなかった。ノガミは十数
年ほど前に妻を病気で失っていた。私たちは結婚しようと思えば、いつでもできそうな気がし
た。
お互いの性愛をただ無為に貪る関係…そんな関係が、いつのまにか私の中に微かな焦燥感をも
たらしていたのは間違いなかった。愛し合っているから性を交わすことに意味を求めないとし
たら、私とノガミは、いったいどこにふたりの関係の意味を見いだすことができるのだろうと、
ふと思うことがある。
混じり合うふたりのからだのぬくもりが、研ぎ澄まされた余韻を残すことなく冬の無彩色の風
に運ばれていくようだった。そんなノガミとの関係は、すでに褪せすぎた性愛にさえ思えてく
る。私は自分の空洞の奥深くに、ぽっかりと穴をあけたように枯れ果てた沼底を彼に委ねてい
るだけなのかもしれない。