第3章 調査-1
九月十三日 火曜日
階段に響く自分の足音を、私は暗い気持ちで聞いていた。
一段上がるごとに気分は重くなり、行きたくない衝動がどんどん強くなる。
だが、逃げるわけにはいかない。昨夜は一睡もできなかったし、食事も喉を通らない。この問題から目を背けても、心苦しさが募るだけだ。
しかし屋上のドアの前で、再び躊躇する。この向こうで誰も待っていなければいいのに。心の中で、そう願っている自分がいる。
しっかりしな、瀬里奈。どんなに辛くても、真実を受け止めるって決めたでしょ!
自分を叱咤激励し、震える手でドアを開ける。はたして九月の明るい日差しの下、新城先輩は退屈そうに空を眺めていた。
「おっそ〜い、深山。あんた人を呼び出しといて遅れるってどゆこと?」
口を尖らせて文句を言うが、その顔は笑っている。先輩は昔と変わらない。私はこの人の笑顔にどれだけ助けられてきただろう。
隠し子呼ばわりされ、テニス部内でも孤立していた灰色の中学時代。嫌がらせに耐えかねて部活を辞めざるを得なくなった私を、最後まで味方してくれたのが新城先輩だった。彼女への恩は、決して忘れない。
「おっとごめん、今は藤堂だったっけ。なかなか呼び慣れないね〜」
認知されるまで深山瀬里奈だった私を呼び間違えるのは無理もない。私自身、この苗字にはいまだ馴染めないでいる。そしてこの苗字を受け入れたせいで、庶民お断りの名門校に入学する羽目になったわけだが、おかげで先輩と同じ高校になったことは、入学当時嬉しく思えた。
もっとも今は不幸に思えてならないが‥
何も言えないまま先輩の隣まで行き、彼女が眺めていたのと同じ景色を眺める。澄み渡った青空のキャンパスには、白い絵の具で引っ掻いたような雲が描かれている。こんな気持ちの良い日に、どうして気の重い話をしなければならないのだろう。
「それで、折り入った話って何?わざわざ昼休みにこんな人気のない所に呼び出すんだから、内緒の話でしょ」
久しぶりに会う友達と話すように、先輩は無邪気に喜んでみせる。その様子は、とても後ろめたいことを隠してるように思えない。
「あっ、ちょっと待って、当てて見せるから。ん〜、ようやく私の後を継いでテニス部に入る気になった、そうでしょ」
鳳学院に来てから、再三テニス部に誘われているが、入部は断り続けていた。先輩もテニスも好きだけど、中学時代のトラウマからか、もう一度始める気にはなれないでいる。
無言のままでいると先輩は私の顔を覗きこんでくる。その顔が昨日ビデオで見た淫猥な顔とだぶり、思わず目を背けてしまう。駄目だ、もうこれ以上黙ってはいられない。
「‥先輩、どうしてですか‥」
「んっ、何が?」