第3章 調査-9
ここでも綾小路家の力は働いている。万が一にも私の身に何かあれば、健康管理の責任者として、責任を取らされるのを恐れているのだろう。
「いえ、身体の方は何の問題もありません。今日はお尋ねしたいことがあって参りました」
明らかにほっとした様子の先生に診察席を勧められ、何か飲み物を出そうとするのは丁重にお断りし、早速用件を切り出す。
「先週末、伊集院薫が風邪をひいたと聞きましたが、こちらに伺われましたか?」
「先週末と言うと金曜日ですね、ええ、覚えてます。発熱がひどかったので、解熱剤を投与して、一晩こちらでお預かりしましたわ」
‥なんですって!?
「少し詳しく教えて頂きたいのですが‥」
私の問いを不自然に思うことなく、先生は診療記録のファイルを取り出す。目的の資料はすぐに見つかったようだ。
それによると、金曜日の夜七時三十五分、生徒に付き添われて薫が医務室へ運び込まれる。咳や鼻水は軽微なものの、熱が三十八度を超えていたので、病状管理と感染防止を兼ねて病室で入院。翌朝には平熱に戻り、本人の希望もあって朝八時七分に退院。付添いに訪れた生徒は、九条直哉とある。
私が薫を見かけたのは六時過ぎのことだから、状況的に見ても辻褄は合う。記録がしっかりしている上、先生も覚えている以上、薫が医務室に来たことに疑いはない。すると薫は本当に風邪だったのかしら。
だが、どうにも違和感が拭いきれない。むしろ状況が完璧すぎて、得体の知れない不自然さすら覚える。
「その記録、お見せ頂くわけにはいきませんか」
自分で思う以上に、私は切羽詰まっていたのだろうか。この無茶なお願いに先生は困惑めいた表情を浮かべる。
「ごめんなさい、生徒の診療記録は本人と近親者にしかお見せできない決まりなの。ですから‥」
「そうですね、私としたことがうっかりしていましたわ」
学院の保健衛生に関する規約にそう明記されていることを、元生徒会長たる私が忘れるなんて。先生にしても、綾小路家の頼みは断りづらいのだろう。彼女を苦しい板挟みに追いやってしまったようだ。
「あの、何かご不明な点があるなら、ご本人に確認をとってはいかが。もしよろしければ、ですが‥」
言葉を濁すのは、私と薫の仲たがいを疑ってのことだろう。別に喧嘩をしているわけではないが、本人に聞き辛いと言う点では変わらない。だが、例え事実でなくとも、綾小路家と伊集院家に不仲の噂が立てば、株式に影響が出る事態まで発展する。
「いえ、風邪をひいたと言う割には元気そうだったので、ちょっと気になっただけですわ」
先生の懸念を払拭させるため明るい笑顔を作り、話を切り上げるべく席を立つ。もう、これ以上の収穫は見込めまい。