キス-1
〈4.キス〉
夏の長い陽が落ちて、ようやく街が夜のとばりに包まれた。
郊外のこぢんまりしたイタリアンレストラン。そこは川沿いの小径に面していて、二階の窓から見下ろす川面に、オレンジ色の街灯の光がきらめいていた。真雪と龍が並んで座り、テーブルを挟んでケンジとミカの夫婦が椅子にかけている。
四人の目の前に、細長い皿に品良く載せられたオードブルが運ばれてきた。
「なんでここからスタートなんだ? 龍、真雪。聞けば、真雪がその、そいつに誘われて入ったのもイタリアンレストランだったんだろ? 嫌なことを思い出すんじゃないのか?」
真雪が微笑みながら言った。「ケンジおじ、最初に約束して」
「え?」
「あたしにも龍にも気遣いは無用。あたし、敢えてあの時のことを思い出して、それをケンジおじにトレースしてもらって完全にあの忌まわしい時間を拭い去りたいの」
「トレース?」フォークを手にしたミカが訊いた。
「あの時、あたしが板東にされたことと同じことを、ケンジおじにやってもらってリセット、って感じかな」
ケンジは皿のキャロットグラッセをフォークでつつきながら独り言のように言った。「ううむ……。何度聞いても何だかもやもやして落ち着かないな……」
「それはそうと、」ミカが目の前に座った息子の龍に身を乗り出して言った。「おまえは、どんな気持ちなんだ? 今」
「な、何だよ、母さん、嬉しそうに」龍は赤面してベーコンに巻かれたベビーコーンを口に入れた。
「一つはおまえの愛する妻が年上のオトコに手込めにされるってこと」
「いや、手込めになんかしないから」ケンジが横目でミカを睨み付けた。
「これは俺と真雪がしっかり話し合って決めたことだし、なにより、俺にも真雪にも父さんは最も近い関係にある人だから、俺自身は全然平気。逆にそれを想像するとちょっと萌える」龍は照れたように笑った。
真雪がちらりと龍を見て口角を上げた。
ミカがにやにやしながら言った。「へえ。おまえ寝取られシュミがあったんだな」
「そ、そういうワケじゃ……」龍は頭をぼりぼりと掻いた。そしてすぐに顔を上げ、ムキになって言った。「あ、相手が父さんだからそう思うんだからね、言っとくけど」
「じゃあもう一つ。あたしがおまえに抱かれること」
「そっちはけっこう恥ずかしいモノがある」
真雪がワイングラスに手をかけて言った。「ミカさんはどうなの? 息子の龍に抱かれること」
ミカは顎を両手で支えてにこにこしながら言った。「あたし、いつか、こんな機会が来たらいいな、って思ってたんだ、実は」
「龍とセックスすること?」真雪が少し驚いたように言った。
「うん」
「『うん』って……」龍が呆れたように言った。「お、俺ってあなたの息子だよ? こ、これからやることって、ぼっ、母子相姦なんだよ? 世間に顔向けできるのかよ」
ミカはけろりとして言った。「んなこといちいち気にしてられっか」
「いやいやいや、母さん、そんな……。少しは気にしてもらわないと……」龍はひどく赤面していた。
ミカは頬を淡いピンク色に染めて、目の前の息子を愛しそうに見つめながら言った。「だってさ、龍、成長するにつれて、ケンジにどんどん似てくるじゃん。言わば若かったころのケンジにまた抱かれるようでわくわくするよ」
「なるほど……そういうわけか」龍は妙に感心したようにうなずいた。「でも、俺、うまくできるか不安だな、正直」
「大丈夫じゃない?」真雪が龍の顔を見て言った。「龍のやり方でミカさんを抱いてあげれば?」
「いい雰囲気の時に、突然、指導が入ったりしないだろうね? もっとこうしろ、ああしろって……」龍は上目遣いでミカを見た。
「そんなことできる余裕を与えないでくれ。龍。激しくイかせろよ」
「は、激しく……って、母さん……」
龍はますます困った顔をした。