キス-3
真雪とケンジは橋を渡り始めた。片側一車線のその橋の所々に古風なデザインの街灯が立っていて、二人の顔に暖かな光を投げかけた。
「ねえねえ、ケンジおじ」
「な、なんだ?」真雪と腕を組んでいるケンジは、明らかに緊張した面持ちで前を向いたまま言った。
「橋渡り終わったらさ、あたしにキスして」
「ええっ?! こ、こんな通りでか?」
「大丈夫。この時間、こんな場所、知ってる人も歩いてないだろうし、だれが見ても恋人同士にしか見えないよ」
「そ、そうかな……」
「そうだよ。だって、あたし、さっきから龍と腕組んで歩いているって、錯覚しかけてるもん。ケンジおじって、ほんとに若く見えるよね」
「真雪、おまえ、酔ってるだろ」
「女性を口説く時って、酔わせるのが常套手段なんでしょ?」
「俺には経験ないね。っていうか、おまえ、酔わされた勢いで合意したのか? そ、その板東って男と」
「たぶんね。もし、お酒飲まされてなかったら、きっと拒絶してた」
「恐ろしいだろ? アルコールって」ケンジが諭すように言った。
「うん。あの出来事の後、強烈に思い知った。でもさ、たぶんあたしがお酒に慣れてないことがわかってて、あいつあたしに飲ませたんだよ」
「だろうな。それがそいつのやり方だったんだろう。毎年実習生に手を出してたって?」
「うん。そうらしい」
「実習生っていうことは、結局みんなお酒に不慣れな女の子だったってわけだろ? 計画的だよ」
「そうだね」
二人は橋を渡り終わった。
真雪が先に立ち止まった。
ケンジも立ち止まった。
「食事の後、水族館の宿舎に帰る途中、道を外れたことに気付いたあたしは、こうして立ち止まったの」
「道を外れた、って、板東がわざとそうしたのか?」
「そう。もうホテルがすぐ目の前、って所だったんだよ。魂胆見え見えだよね、今思えば」
「で、真雪は酔ってて、それに気付かなかった、ってわけか」
真雪は少し目を伏せた。「それはどうかわからない……。あたし酔ってたこともあったけど、龍と会えない、龍にさわれない、龍に抱いてもらえない寂しさを、あの男に癒してもらうつもりだったんだと思う、その時点で」
「その時点で……」
「だから、こうして立ち止まって、肩を抱かれて、振り向かされて、唇を重ねられたときは、それなりに期待もしてたんだと思う」
ケンジはいきなり真雪の両肩を掴み、抱き寄せて自分の唇を彼女のそれに押し当てた。
んんっ……。真雪は小さく呻いた。ケンジはそのまま彼女の口に舌を滑り込ませ、口を開いては彼女の舌に絡ませながら、何度も口を交差させ直して真雪の息を止めた。真雪は夢見心地でその甘く濃厚なケンジのキスを味わった。
二人が渡った橋を歩いていた若いカップルと、川のほとりで涼んでいた老夫婦が、その真雪とケンジの熱いキスシーンを、凍り付いたように見ていた。
「おまえが、」ケンジが口を離して焦ったように言った。「そいつにキスされて気持ちよくなった、って信じたくない」
真雪はうつむいた。
「その時、おまえの気持ちが、ほんのちょっとでも板東に傾いていた、なんて、俺は聞きたくないからな」ケンジはまた真雪をぎゅっと抱きしめて、再び激しく彼女の口を吸った。