交渉-2
ケンジはずっと困ったような顔をしていたが、カップに残った一口のコーヒーを飲み干した後、くいっと顔を上げて龍を見た。
「ならば、」
父親ケンジが目を輝かせているのを見て、龍はたじろいだ。「な、何だよ……」
「おまえ、ミカと繋がれ」
「ええっ?! か、母さんと?」
「それでおあいこだろ? いわゆる夫婦交換ってやつだ」
「ぼっ、ぼっ、母子相姦!」
「俺が真雪を抱くときに、同時におまえもミカと身体を合わせればいい。よし、そうしよう。そうすればお互い様で罪悪感もかなり薄められる」
「って、勝手に決めないでよ」
「拒否権なしだ。俺が真雪を抱く条件はおまえとミカがセックスすること。もしおまえがイヤだと言うなら、俺もこの話、断らせてもらう」
「父さんは平気なのかよ。他のオトコに自分の妻が抱かれるんだぜ」
ケンジはけろりとした顔で言った。「平気だ。理由は一つ。おまえは俺ともミカとも血が繋がってるから」
「なんだよ、それ……」龍は呆れ顔で言った。
「俺の知らない所で、俺に内緒で知らないやつとミカが繋がったら、俺は暴れ出すし、二人とも許さない。だけど、親しいおまえだったら全く問題ないよ」
「いや、親しい、って、俺たち親子だから……」
「それに、健太郎も初体験以来ミカと何度かセックスしたけど、その現場を見ても全然平気だったからな。かえって俺たちの仲は深まった」
「そ、そんなもんなの?」
「そんなもんだ」
――真雪の双子の兄健太郎の本当の父親はケンジだ。ケンジ、マユミの兄妹が高二から続く禁断の恋に終止符を打った夜、マユミは丁度排卵の時期で、ケンジの放ったものがマユミの一つの卵子と交わったのだ。その前日には、マユミはケンジの親友だったケネスと抱き合い、すでに彼との愛の証しを身に宿していた。こうしてマユミは兄ケンジと婚約者ケネスの子――健太郎と真雪――を同時に双子として産むことになったのだった。
その健太郎は、思春期を迎え、ずっと通っていたスイミングスクールのインストラクター、海棠ミカ――ケンジの妻で健太郎にとっては伯母にあたる――に心を熱くしていた。そして、海棠家と共にハワイへ家族旅行をした時、念願かなって彼はミカに童貞を捧げたのだった。
その後もミカは健太郎の身体をたびたび慰めてやっていたが、それは夫ケンジも公認の行為だった。実際健太郎とミカのベッドでの睦み合いをケンジは一度目にしたこともある。
龍はケンジに身を乗り出し、息を潜めて言った。「か、か、母さんがうん、って言うかな」
「絶対にイヤとは言わないよ。賭けてもいい」ケンジは自信たっぷりに答えた。
その時、キッチンからミカがコーヒーカップを手にリビングに入ってきた。
「どうしたの? 龍。難しい顔しちゃって」そしてケンジの横のソファに腰掛けた。
龍は慌てて立ち上がった。「お、俺、子どもたちを寝かしつけてくる」
「なんだ、なに慌ててるんだ? 龍。それに顔、真っ赤になってるし」ミカはコーヒーをすすった。
「え? いや。べ、別に何でもないよ」
龍はそそくさと逃げるようにリビングを出て行った。
「ほとんどコーヒーに口つけてないじゃない、龍のやつ」ミカがテーブルに残されたカップを見下ろした後、すぐに顔を上げた。「何かあったの? ケンジ」
ケンジはミカの目を見て、にっこり微笑んだ。
「実は、君に頼みたいことがあるんだ」