〈終着点〉-1
空は低く、そして黒かった。
ありきたりな「バケツをひっくり返したような」と言う表現がピッタリな大粒の雨が、海面を激しく打ち、赤土の大地を泥へと変えていく。
黒鉄の魔物は現れた。
スコールに煙る海を舳先で切り裂き、悠然と湾内で向きを変える。
そして出迎えたタグボートが、魔物を押して静かに接岸させた。
この舳先を外洋に向けて停船するのを[出船の精神]と呼ぶが、海軍の規律の一つでもある。
次の行動の時、無駄な動きを取らないようにする心構えを指す。
出船の際、湾内で回頭するのは明らかに無駄な行動であり、出港の妨げとなる。よって予め舳先を外洋に向けておくのだ。
これは船だけに留まらず、翌朝の着替えを枕元に置いておく事や、履き物の向きや位置を揃える事も含まれる。
あの鬼畜達が出船の精神を理解しているのは意外とも思えるが、この港はサロトの所有物ではない訳で、ならばルールとして従わなければならない。と言う訳だ。
スコールは止み、水溜まりを避けながら十数人の男達が、今着いたばかりの貨物船のタラップを登っていく。
誰あろう、サロトとタムルと、その部下達だ。
艦橋の横の扉を開けて中に入ると、専務の部下が操舵室の扉を開け、嬉しそうに声を掛けてきた。
『お疲れ様です。今回は“良いの”連れて来ましたよ!』
サロトとタムルは揚々と手を上げて、笑顔でそれに応えた。
『どんな牝かしら?ああん、もうドキドキしちゃう!』
タムルは奥の船室へと続く階段をヒラリと下りると、ピョンピョンと跳ねて駆けていった。
『ワシの新しい花嫁は……グッフフフ……』
サロトは転げ落ちぬように向きを変え、手摺を掴んで後ろ向きで慎重に下りた。当然、部下達は下りられず、苦笑いして待つ羽目になる。
『よいしょ!と……春奈ちゃ〜ん!!』
下の階に着くや、サロトは贅肉を揺らしてドタドタと駆けていく……もう扉は開かれ、悲鳴と怒鳴り声が聞こえてきた……サロトは駆けた勢いそのままに、部屋へと飛び込んだ。