〈終着点〉-4
「……春…奈……」
景子は、檻の中から見ているしかない。
無力な傍観者でしかいられない。
この空間の出口は一つしかなく、そこには多数の男達が犇めいていた。
とてもではないが、これまでの航海での体力低下は免れないだろうし、それ以前にサロトに春奈が敵うとは思えなかった。
「私の…姉妹を……め…滅茶苦茶にしてッ!!」
「春奈ッ……!!」
泣きそうな顔で春奈はサロトに挑みかかった。
だか、両手に手錠を嵌められた状態は、腰や上体を捻る動きを妨げるので極めて不利であり、上段から拳を鉄槌のように振り下ろす打撃以外は封じられたに等しかった。
それが証拠にサロトは全てを躱し、ただの一撃も触れさせない。
その、怒りとも嘲りともつかない歪んだ分厚い唇が真一文字に噛み締められた瞬間、サロトの大きな手は春奈の手錠の鎖を掴み、馬鹿力に任せて振り回した。
「ぐうッ…あぁぁッ!!」
「ッ〜〜!!」
景子の危惧は的中した……春奈は悲鳴をあげながら引き倒され、馬乗りになったサロトの巨体の下で足掻いていた……両手は手錠ごと床に押し付けられ、悔し涙を流して怒鳴るだけの春奈を、サロトは涼しげな瞳で見下ろしている……どう見ても跳ね返せる状態ではなく、後はサロトの思うがままになると覚悟するしか無かった……。
『ブフフ……飼い主に手傷を負わせて手を焼かせるとは……これもまた一興……』
「あ"む"む"!!……むぐ……」
「はる……春奈さあぁん!!」
サロトは二度と騙し討ちが出来ないように、専務から渡されたタオルを執拗に春奈の顔に押しあてた。
ピクリとも動かなくなってもタオルを離さず、巨体を揺すって苦しい声をあげないのかすら確かめる有り様だ。
『……もういいかな?怪我などさせぬよう、気をつけてワシの部屋に運ぶんじゃ……』
サロトが立ち上がっても、もう春奈は動かない。
目尻に涙を滲ませ、寝息を発てるのみだ。
最後の抗いは実に呆気なく終わった。
それは肥満体とは言え、サロトは死線を幾つも越えてきた、生粋の〈野獣〉だからこそだ。
逮捕術は基本的には犯罪者を捕らえるもので、相手を殺す術ではない。
自分を殺しに来る相手と戦ってきたサロトとは、その出発点からして違う。
所詮、飼われる犬は狼には勝てない……春奈はサロトと対峙した時から、その雌雄は決していたのだ……。
今度こそ毛布に包まれ、数人の部下達に担がれて部屋から運ばれていく。
そして景子達の視界から、春奈は消えた……。