THANK YOU!!-1
15-17
・・千晴から、電話があった。練習で徹夜明けの眠い目をこすりながら出た。
拓斗から別れたいと言われたことを話したからだと思った。
けど、内容はそんなモノじゃなかった。
『鈴乃くんが、辛そうな顔してたよ』
千晴の珍しく引用せずに真面目な声が言った言葉に耳を疑った。拓斗が、自分から別れを告げたハズだった。
それなのに、辛そうな顔をしているってどういうことだろう。
その時丁度、私が気持ちを入れ替えて、メンバーに戻って練習をしていた時だった。
拓斗とトランペット。両方を今度こそ守っていくと決めたのは良かったけど、自分でどうすればいいか全く分かってなかった。
関係を戻す。それが一番なんだろうけど、どうやって戻せばいいか分からなかった。
だって理由はどうあれ、私はフラれてしまったのだから。
壊れてしまった関係をどうやれば元に戻せるのか。
答えが見えなかった。まさにそんな時だった。千晴から拓斗について電話があったのは。
『鈴乃くんさ、今日飛び入り参加した大会で予選落ちしたの。しかも一本負け。』
私が何も反応出来ないでいると、千晴は更に続けた。それでも、私はますます混乱した。
・・予選落ち?一本負け?・・拓斗が?
あの公式戦では負けなしって、メンバーが言っていた拓斗が。
自分では考えたこともない事態が、起きていたことを知った。驚いた。
『・・瑞稀。これ言っちゃ悪いけど・・。』
『鈴乃くん、本気で傷ついてた。瑞稀に別れるって言ったこともだけど・・何より自分に何も話してくれなかったこと。』
・・・・・傷つけた?私は、私を愛してくれた人を・・?
拓斗が、苦しんでいたことはエンディに言われた時に分かったことだったけど、傷つけてもいたの?
想像するだけで、体が震えた。
そして、自分の頭にふと誰かの顔が浮かんだ。
度々思い起こされた、誰かの、とても苦痛に歪んだ顔。
あれがずっと誰か思い出せなかった。
でも、今、やっと思い出せた。拓斗だ。
何度か、見たことがある。拓斗の苦痛に歪んだ表情。
私が必ず強がったりしたときに必ず見せていた。でもすぐ普通の顔に戻っていたから、強く記憶にとどめてなかった。
だけど、心の何処かには刻まれていたのかもしれない。だから、私が強がった時、必ずそんな表情の拓斗が現れた。
今思えば、あの時にそのことに気付いていれば良かった。甘えていれば、良かった。
でも、しなかった。そうすると、自分が情けなかったり、迷惑かけちゃうと思った。
・・・だけど、それだけじゃなかった。
私が、プロの世界に急いで足を踏み入れたのは、拓斗と距離が開くのが怖かったからだ。
あの高校生の頃。トランペットしかない私は、拓斗みたいに貪欲に求める物が無くて、自分の努力の結果なんて無かったに等しい。
そんな私が、いつか遠い未来で拓斗に置いていかれるのが怖かった。
その恐怖は、私がプロになっても付き纏っていた。
マスコミやメディア、色んな人々が私に期待を寄せてくれる。そんな期待に応えられなかった時、私は拓斗に置いていかれてしまうんじゃないかと思っていた。
現に今。私は期待に応えられずメンバーを外され、拓斗にフラれた。
事実だけ見ると、今までの恐怖が現実になった。
でも、過程を振り返ってみると、私は安定しているかどうかと不安な足元ばかり見て、周りを見てなかっただけだった。
だって。言ってくれた。メンバーを外されたと知っても、拓斗は電話で、
『俺は瑞稀の恋人で、味方だ。辛いことや苦しいことがあったら、何でも言って欲しいんだ。絶対、一人で抱え込まないで欲しい。』
そう言ってくれた。足元ばかり見て、勝手に不安がってた私に、言葉で、手を差し伸べてくれた。
その手を取らなかったのは、紛れもない私。手を、追いかける為に顔を上げもしなかった。
そうして、傷つけて、言いたくないことも言わせてしまったんだね。
エンディの言葉を一つずつ思い出して、その意味がちゃんと分かった。エンディは、このことを言っていたんだ。
そんな彼女に、私は守っていくと、行動すると言った。それは勿論嘘じゃない。
だけど、あの時とは違った意味の言葉になる。
傷つけてしまったなら私は謝ることからしないといけない。だけど、謝ってしまったら、その時のことが無かったことになるかもしれない。前に、菜美が言ったように。
だから、「ゴメンね」は言わない。それだけじゃ足りないから。
私は、自分の言葉で自分の気持ちを話すっていう行動を起こさないといけないんだ。
もしかしたら、また拓斗を苦しめてしまうかもしれない。それは私からトランペットを取り上げられるよりも嫌だ。
だけど、何も言わないことで拓斗を不安にさせて傷つけるよりは遥かにマシだ。
そのことに、ようやく気が付いた。
別れる、別れないを抜きにして、ちゃんと伝える必要がある。今すぐにでも。