THANK YOU!!-2
一ヶ月が経って、再び瑞稀とそのオーケストラの仲間たちが日本へ渡った。
その様子はこの前と同じようにTVで中継され、拓斗は同じように自宅で見ていた。
何ヶ月かぶりに見た恋人の姿は以前よりもマスコミから注目を集めていて、度々マイクを向けられそうになる。だけど、瑞稀は手を振ることで難なくそれらをかわして仲間と共にTVカメラから姿を消した。
そして、一週間が経ったこの日。
拓斗は全国でも名を連ねる大きな音楽ホールに足を踏み入れた。手には恋人の親友たちから貰った一枚のコンサートチケット。グレーのスーツに変装用のメガネをかけて、どこか落ち着かない様子で席につく。実は、瑞稀を含めたオーケストラのコンサートを見るのは初めて。鼓笛フェスティバルには二回程行ったが、ここまできっちりとしたコンサートでも無いし、やはりプロのコンサート特有の緊張感が客席にまで届く。
不自然に見られないようにそっと辺りを見回すと、演奏開始30分前だというのにもう既に席は埋まっていた。
遅刻厳禁とはいえ、さすがに有名なオーケストラ。ましてや、ただ一人の日本人・八神瑞稀がメンバーに戻って来たコンサート。日本人だけでなく海外からも観客として席に座っている人が多い。
その外人は音楽雑誌に出ている程の有名な音楽家や作曲家ばかりの大物で、拓斗は余計に身体が強ばったのを感じた。と、同時に瑞稀の凄さを改めて感じる。
「・・・・瑞稀」
「・・あ、やっぱり、彼氏くんだ」
「!?」
愛しい恋人の名前を呟いたとき、上から声が降ってきた。しかも、聞き覚えのある愛称。
顔を上げると、そこには淡い色のパンツスーツを着込み、高い位置で髪をシニヨン風にまとめている瑞稀の親友が立っていた。どうしてここにいるんだと拓斗が聞く前に、恵梨は拓斗の隣の席に座った。荷物を椅子の下に置くと、足を組んで拓斗を見る。
「お久しぶり、彼氏くん。・・覚えてくれてる?」
「あ、あぁ・・紫波・・だよな、久しぶり・・」
驚きを隠せないまま、話を合わせた。だが頭の中ではたくさんの疑問が回っていた。
そんな様子が分かっているように、恵梨はクスっと笑みを零した。
「実はね、キミに渡されたチケット。あれはウチが取ったモノなんだよ。」
「・・え?」
「本当ならウチのマザーと見に行こうかなーって考えてたんだけど、瑞稀と電話した時、キミに別れようって言われたって吐き出してくれてさ。」
「え・・」
「まぁ、どうせ瑞稀がブッ倒れたこととかその他諸々話さなかったりとかしたんだろうなぁって考えてさ。」
「・・・・」
全くもってその通りなんですけど・・何でそんな簡単に分かるんだ、柊や木ノ瀬といいお前らは超能力者か!!人の心が読めるのか!
そんな言葉が喉の奥から出そうになったが、必死に堪えて拓斗はじっと恵梨を見る。
「で、まぁ興奮状態で言った言葉だろうけど、やっぱりキミがぶつけた想いだって本物でしょ?ならちゃんと二人で顔見て話し合った方がいいんじゃないかなーって思って、一枚を幼馴染みの千晴ちゃんに頼んだってわけです」
「・・そ、そうか・・」
「うん、ちなみにもう一枚はせっかくだし、ウチが来ようかなーと。もし、つまらないことで瑞稀に別れようって言ったんじゃないかちゃんと見て知りたかったからね。」
「・・」
言葉と共に、恵梨の視線が鋭くなったのに気付く。
コイツはおちゃらけているような言葉だけど、人の本質を見抜く力はあるし嘘をつけない程の迫力がある。
拓斗がその視線から目を離さずにいると、次第に和らいでいつもの優しい視線に戻った。
とりあえず、合格。という意味なのだろうか。
ホッと一安心していると、ふと疑問が生まれた。
「俺とアイツを会わすなら・・別の場所の方が良かったんじゃないのか?」
そう、ここは確かに瑞稀を見れる事が出来る。ただし、見るだけ。
直接会って話をするというのは、難しいだろう。
「んー、まぁ、そうなんだけど。」
「おい」
あっさり同意され、拓斗は思わずツッコミを入れた。それでも、恵梨は変わらず笑顔を浮かべた。
「瑞稀のトランペットの音を聴いて欲しかったんだ。会うのはまぁ、それからって考えてて」
「・・瑞稀のトランペット?」
瑞稀も電話で同じことを言っていた。自分の、拓斗が好きだと言ってくれた音を聴いて欲しいと。
「瑞稀の音はね、何でも受け入れて溶け込ませるような、大空みたいな音。だけど、その音を発揮するのがある時だけなんだよね。」
「・・あの音がある時だけ?」
思い出すのは高校の頃。やっと約束していたフェスティバルの応援に行けた時に聴いた音。幼い頃に聴いた時よりも素晴らしく、しばらく放心していたくらいだった。
その音を知っているからこそ、瑞稀がオーケストラに勧誘されたのも正直納得いった。
それを自分に黙っていたのは納得いかなかったが。
だとしても、その音が出せるのに条件が必要だと思わなかった拓斗は少なからず驚いた。
首をかしげる拓斗を見ながら、恵梨はますます笑みを深くして、告げた。
「瑞稀が、キミを大好きだーって思ってトランペットを吹いている時だよ。」
「・・っ!!」