第2章 疑惑-1
九月十二日 月曜日
やっば〜い!!
後五分ないじゃん、ひ〜、次の授業園部センセでしょ、急がなくっちゃ!
「沙羅、もたもたしないで、急いで!」
「ちょっと待ってよ、これ重いんだもん」
廊下をバタバタと走りながら、あたしと瀬里奈は部室へと急ぐ。も〜、思いだすならもっと早く思い出してよね。
お昼御飯を食べた後、昨日のドラマの話で盛り上がっていたら、急に紫苑が資料のことを言い出した。新聞記事作成の為、昼休みのうちに図書室から資料を借りて、部室に運んでおくって約束したのは先週末のことで、自慢じゃないけど綺麗に忘れていたわ。それで、急げば間に合う、と瀬里奈の言で、慌てて食堂を飛び出したのが、ついさっきのこと。
文化棟の図書室へ駆け込み、「鳳学院百年史」とか「戦前戦後の教育体制」とか百科事典並みに分厚い資料をバッグに放り込んで、借り出した頃には大ピ〜ンチ。これは走らないと次の授業に間に合わない。
と言うわけで、あたしは今重い荷物を抱えて走ってるわけだけど、食後の運動のきついのなんの。大体なんでこんなぶっとい本しか資料がないのよ。もっとネットで見れるような画像とかないの‥
「わっ!」
「きゃっ!」
文句を考えながら走っていたら、突然ドーンと衝撃が。イタタ、お尻打っちゃった。
しまった〜、あたし今前見てなかったかも。どうやら、曲がり角から出てきた誰かさんとぶつかっちゃったみたい。その誰かさんも何か荷物を抱えていたらしく、辺りには書類やCDケースが散らばっている。
「ご、ごめん、だいじょう‥」
ぶ、と言いかけ、相手に気付いて言葉に詰まる。
‥げっ、インテリ眼鏡!
少し眉をひそめながらも、あまり表情を変えることなく立ち上がったのは、クラスメイトにして鳳学院生徒会執行部のナンバーツー、副会長のインテリ‥、じゃなくて桐生早紀だった。
縁の細い銀縁眼鏡が良く似合う、いかにも賢そうな彼女は、実際学年トップの秀才児。今期生徒会では副会長に抜擢され、九条会長の懐刀として活躍中。その事務能力は、優秀だった前生徒会と比べても遜色なしとの評判である。
性格は至ってクール‥と言えば聞こえもいいが、クラスでの彼女は無口で無愛想。友達を作らず、いつも一人で本を読んでるタイプで、怒ったり笑ったりしてるところは見たことがない。
細面でちょっと見には美人なんだけど、感情のこもらない話し方と冷めた目つきは人を寄せ付けないところがあり、正直あたしもこの子は苦手。だから裏ではこっそりインテリ眼鏡って呼んでるの。
「橘さん‥」
だから〜、その抑揚のない話し方やめてよね。でも、表立って副会長様に逆らうのは得策じゃない。何しろ生徒会役員は生徒への停学権を持ってるから、あまり調子に乗ると、痛い目にあうのはこっちの方。
「廊下を走るのは危険です、注意してください」
何でそんなわかりきったことをわざわざ言うかな〜。でもここは我慢我慢。
「ごめんなさ〜い、これからは気をつけま〜す」
殊勝に謝ったつもりだけど、はたしてどう受け止められたのか。インテリ眼鏡は溜め息をこぼすと、床に散らばった書類を拾い始める。慌ててあたしも手伝おうとするが、冷たい視線で睨まれ、思わずたじろいでしまう。
「手伝いは不要です。それよりお友達が待ってるようですけど、行かなくてよろしいのですか?」
あっ、瀬里奈が何やってんのよぅ、とでも言いたげにこっちを見てる。このまま行くのも気が引けるけど、うかうかしてると本当に遅れそう。
「桐生さん、ほんとごめんね、それじゃ〜」
今の注意はどこへやら、あたしは慌てて駆けだしたけど、後ろからお咎めの声がかかることはなかった。ひゃ〜、それにしても間に合うかな〜。