第2章 疑惑-5
瀬里奈は本当に残念そうだけど、あたしは半分ほっとした。プロテクトまでかかってるなら、これは生徒会の丸秘資料に違いない。勝手に覗きこんだのがばれたら、後でインテリ眼鏡にどんなお説教されるかわかったものじゃないわ。
な〜んて思っていたら、あたしはまだ紫苑を甘く見ていたらしい。
「ちょっと待ってくださいね、今プロテクト解きますから‥」
しれっと言いながら、何かキーボードを叩くと、画面に『パスワード解析中』の文字が現れる。
「ちょっと紫苑、あんたどこで覚えたのよ、こんなこと?」
「あら、これくらい淑女のたしなみですわ」
淑女のたしなみってあんた‥
「大丈夫です、それほど大したプロテクトでもなさそうですから、この解析ソフトなら‥と、解けました」
画面に『解析終了』の文字が現れ、パスワードの欄に******が表示される。どうやら何かの映像データらしく、無題のフォルダが一つきり。
は〜、結局あたしも好奇心には勝てないのね。ここまで来たら仕方ないか。なんだかんだ言いながら、何が入ってるのか楽しみな自分に気付く。三人で画面を覗き込んでると、自然と顔がにやついてくる。
さ〜て、何が入ってるのかな?
時計塔の鐘が鳴り渡り、午後六時を告げる。
俯いていた顔を上げると、暮れなずむ空に鳥のような雲が漂い、夕陽を受け赤く染まっていた。
まるで翼を広げた鳳凰のようね。ぼんやり眺めながらそんなことを思う。考え事をしていたら、時がたつのを忘れていたみたい。
放課後は図書室での自主勉強が日課となっていたが、どうにも身が入らず、諦めて気分転換に出ることにした。学院の一角に設けられた庭園へ足を運び、ベンチに腰掛け、薔薇の生け垣や噴水を見るとはなしに見ていたが、心は別のことに捕われていた。
薫はいったいどうしてしまったのだろう。あんなに嫌っていた、いえ、憎んでいたと言ってもいい九条会長に好意的な態度を見せるなんて。あれではまるで、洗脳されたかのようだわ。
ふと浮かんだ言葉が私をさらに混乱させる。洗脳、確かに校則違反者達もそう形容するに相応しい変化を見せた。
しかし、即座にその考えを否定する。そんなことはあり得ない。
意に沿わぬ人間を服従させるには、三つの力、すなわち武力、権力、財力が有効だ。綾小路家が戦前から力を持ち続けたのは、この三つを保持し、上手く行使してきたからである。
当初、校則違反者達は綾小路家からいずれかの圧力を受け、表面上協力するふりをしているのかと考えた。だが、たとえ彼らはそうだったとしても薫の場合は当てはまらない。仮に九条会長が薫を従わせようとしても、両家の力関係では、権力、財力とも伊集院家が上だし、暴力を受けて服従を強いられているようにも見えなかった。いずれにせよこれらの力は強制力こそ持つが、進んで人を従わせるには至らない。