第2章 疑惑-12
「あの‥売春そのものは、昔からある噂の一つです。御存じの通り、当校では格上の家柄を狙って男女交際が始まることがありますから、俗にいう不純異性交遊が発覚した時に、売春ではないかと疑われることがあったようです」
その話は、あたしも兄達から聞いたことがある。実際は女の子の方からモーションかけることが多く、売春と名がついたと聞いている。
「でも、一番最近の噂で少々気にかかったのが、『鳳学院裏事情』の投稿文です」
鳳学院裏事情とは、パスワードを知ってる者だけが入室でき、好きなことを書き込めると言う、いわゆる学校裏サイトである。もっともインターネット上ではなく、鳳学院内部のネット、通称学内ネットに立ち上げられたものだから、いざとなれば足がつきやすいので、あまり際どい書き込みはない。
「たしか去年の三学期だったと思いますが、鳳学院に秘密の売春倶楽部があると投稿があり、ちょっと話題になりましたの。でも数日後には同じIDの方が、実は冗談だと再投稿され、ブラックジョークとして終わったんですが、愉快犯にしては不自然な書き込みだったので、覚えている方も多いと思います」
「‥要するに、噂だけで証拠は何にもないわけね」
瀬里奈の口調は辛辣だ。確かに物証は何もない。噂はあくまで噂に過ぎない。でも火のない所に煙は立たないのだ。昨日までならあたしだって笑い飛ばしていたろうけど、今こうしてビデオを見た後だと、悪ふざけとは思えない。あたしは一呼吸入れて瀬里奈の目をまっすぐ見る。
「いい、信じたくないけど、この学院には売春倶楽部と称する秘密の売春組織があると考えたほうがいいわ。これはどう見たって、そのプロモ映像だからね」
そして次の言葉を発する前に、心の準備をした。これを言ったら瀬里奈に殴られるかもしれない。だけど、本当に覚悟を決めなければならないのは、あたしが彼女の心を傷つけることだった。
「瀬里奈、悪いけど先輩は売春に加担してるわ」
「沙羅、あんたねぇ!」
恐ろしい剣幕で瀬里奈は迫ってくるが、あたしは一歩も引かず彼女の眼を見つめ返す。
「あたしだって先輩がそんなことしてるなんて思わない、思いたくない。でも、今あたし達が見たのは、悪ふざけの域を超えてるわ。あれが知らない子だったら、あんたどう見た?売春やってるって思ったでしょ!」
「でも先輩は、新城先輩はこんなこと絶対やらない、やるわけないのよ!」
「じゃあこれは何、あんた説明できる?」
急に瀬里奈は、泣きそうな表情で力なく椅子にくずおれ、頭を抱えてしまう。彼女は強がってるけど、本当は誰より信じた人に裏切られることを恐れている。そしてあたしは今、彼女の信じていた先輩の人物像を打ち砕いたのだ。
「‥先輩、家はお金持ちだし、ずっと付き合ってる彼氏もいるし、売春なんてやる理由がないのよ」