第1章 日常-9
「ご意見は承りますが、それは生徒会が取り決めることです。どうぞ、お引き取りください」
「貴方に言ってるんじゃないわ、口を挟まないで!」
図書室から出ると、争う声がはっきりと聞こえてきた。文化棟のロビーは吹き抜けとなっており、大声が二階まで響いてくる。
回廊から見下ろすと、ロビーの中ほどで三人の男女が揉めており、傍目にも険悪な様子が伝わってくる。数人の生徒が遠巻きにそれを眺め、足早に立ち去って行く。
「まったく、こんなことも出来ないようで、よく鳳の生徒会長が務まりますわね、恥を知りなさい!」
苛立たしげに声を張り上げる女性は、良く知っている人物だった。凛々しい面立ちを朱に染め、不満も露わに男子生徒を怒鳴りつけているのは、二年生の伊集院薫。私の幼馴染である。
同じ旧華族の出である綾小路家と伊集院家は、古くから家同士の付き合いがあり、特に財界の要人でもある伊集院家当主とは、交流の機会も多かった。必然的に年の近い私達は、幼い頃から遊び友達として育てられてきた。
負けず嫌いで人一倍努力家な彼女だが、家柄に誇りを持つよう育てられたせいか、嫌いな相手には高飛車な態度をとることがある。何度もたしなめてきたがこれだけは直らず、彼女の魅力を下げる一因になっている。
「伊集院さん、何度言われても同じです。貴方に生徒会の決定を覆す権限はありません」
薫との間に割って入り、険しい表情を浮かべているのは、たしか現生徒会副会長、桐生早紀。彼女のことは詳しく知らないが、秀才の切れ者と聞いている。だが薫の怒気にあてられてか、努めて事務的な口調を装いつつも、言葉尻に緊迫した感じが見え隠れする。
「とにかく、この事案が改正されないようなら、わたくしにも考えがありますわよ!」
「まぁ、落ち着いてください、伊集院さん」
副会長を無視して詰め寄る薫に、理知的な風貌の男子生徒は、なだめるような口調で諭す。私の後を継ぎ就任した九条生徒会長は、冷静な対処を試みていた。
九条直哉と伊集院薫の不仲は、学院では周知のことだった。正確に言えば、薫が九条会長を一方的に敵視しているのだが、それは第百二十八代生徒会長選挙に端を発する。
当初二人の一騎打ちは、下馬評で圧倒的に薫が有利だった。旧華族の家柄で、末娘とは言え海運業の大手、伊集院物産の令嬢。自信家でリーダーシップがあり、社交性も高い。もっとも、歯に衣着せず、言いたいことをはっきり言う性格なので彼女を嫌う者もいるが、それ以上に味方が多く、私と個人的に親しいことも好材料だったらしい。綾小路生徒会の後継者は私しかいないと豪語し、あらゆる根回しをもって選挙に臨んだ。
対する九条直哉も旧華族の家柄ではあったが、医薬品販売を主産業とする九条コーポレーションの業績は不振で、いわゆる凋落の名門だった。学業も運動も優れた部類に入るが、トップには及ばず、人脈も薫には遠く及ばない。どちらかと言えば目立たないタイプで、立会演説会で聞いた演説も無難な内容、正直印象に残っていない。