第1章 日常-7
結果、綾小路紫織会長の執政により、学院内は平和そのもの。おかげで報道部はその活動の機会を大きく失ったのだ。
綾小路紫織会長引退後こそはと意気込んでいたものの、今年の選挙で接戦を制した九条新生徒会長は、前生徒会のシステムを引き継ぎ、今も学院の秩序を保っている。二度目の肩すかしをくらったあたしは大いにへこんでいたのだ。
そんな気落ちを知る由もなく、二人はお腹が空いたみたいね。
「とりあえず御食事にしませんか、そろそろ行かないと込み合いますわ」
「そうだね、ほら行くよ、沙羅」
部室を出かける二人を尻目に、それでもあたしは立ち上がれないままだった。
「‥あ〜あ、つまんない」
あたしはこの退屈が、ずっと続くものだと思っていた。
「ふぅ‥」
感嘆の溜め息をこぼすのは、もう何度目になるかしら。目を閉じて、傑作を読み終えた後の余韻に浸る。
ウィリアム・シェイクスピア作「ロミオとジュリエット」
この悲しくも美しい恋物語を、私は愛してやまない。
初めて劇場で公演を見た時の感動は、今も忘れない。幼い私は恋の世界に憧れを抱いた。
運命の出会い、歓喜に溢れた恋の交歓、そして愛深き故の悲しい結末。
愛に満ちた素晴らしい恋の世界!
‥私には許されない恋の世界。
そう、綾小路家に生まれついた私に、恋愛という自由はない。それは日本の政財界を統べる綾小路家の宿命とも言える。
望む望まざるにかかわらず、一族が積み上げてきた権力と財産は、日本国発展の礎となっている。その力を受け継ぐに相応しい能力を身につけ、陰に日向に国家を支えていくこと。それが生まれる前から定められた私の道。
そして、いずれはお祖父様の決めた殿方を婿に迎え、綾小路の血を後世に残すべく、子を宿すことになるでしょう。
定められし運命のレールを歩む私は、恋を知らない。だが、知らないが故に憧れるのか、せめて本を読んでいる間だけは、ジュリエットとなって恋心を楽しみたい。
‥だけど、もし私が本物の恋に落ちてしまったら、どうなるのかしら?
そんな夢想に駆られもするが、らしくない思いと自嘲する。いずれにせよ綾小路家の庭に現実のロミオは現れず、キャピュレット家の令嬢は孤高なまま。
現の世界に戻るべく、目を開けると、窓辺から差し込む夕陽が図書室を茜色に染めていた。
気温は夏のままでも、秋の足音は着実に近づき、日暮れが徐々に早くなる。遠い山に落日がかかるのを眺めると、忙しかった生徒会時代が思い返される。