第1章 日常-6
「あればこんなことやんないって。しょうがないでしょ、この学院は平和すぎるのよ〜」
「あら、噂ならいろいろありますわ、ええと、西園寺グループの脱税疑惑でしょ、学院生の売春疑惑に中間テストの漏洩疑惑‥」
「そんな根も葉もない噂じゃなくて、なんかこう、もっと学院内の事件とか、問題とか‥」
「そうですね、ここ近年で起きた一番大きな事件は、沙羅さんと瀬里奈さんの暴力事件かしら」
「ちょっと!!」
見事に声をはもらせて瀬里奈と一緒に紫苑を睨むが、当人は涼しい顔をしている。しかし、あたし達が直面している問題は、まさにこれなのだ。
学院に報道部を立ち上げることは、入学する前からの計画だった。何しろ鳳学院と言えばゴシップの宝庫。外部からは極めて高いセキュリティで情報はシャットダウンされているが、すでに学院を卒業した兄達から聞き及ぶところ、内部では様々なスキャンダルが繰り広げられてると聞く。
良家の子息令嬢が通う学院と言えば聞こえもいいが、実態は我が儘いっぱいのお坊ちゃま、お嬢様学校。その上、学院側は余程責任を取りたくないのか、生徒に自治を任せるという生徒会強権の統治制度。これで問題の起きないはずがない。
もっともスキャンダルを外部に漏らせば重い処罰、下手すれば告訴となるが、学院内部で事件を面白おかしく報道するのは許容の範囲内。好奇心がないと言えば嘘になるが、何もあたしは興味本位だけでこんなことを始めたわけではない。ちゃんと将来を見越してのことである。
父の後は兄達が継ぐし、家電メーカーの仕事に興味もない。おそらく将来的には、あたしにも相応の株が譲渡され、何もしなくても食べて行くには困らないと思う。だけどあたしは、社会に出て自分の力を試してみたい。そこで選んだのが、ジャーナリストの道だった。
幼い頃からカメラを玩具代わりに育ったあたしは、写真を撮るのが大好きで、腕前にも自信がある。だけど写真家で食べていけるのはほんの一握りだし、なれたとしてもそれは個人の商売。だからジャーナリストとして通用する腕を磨き、いずれは報道関係の会社を立ち上げるつもりだ。
報道部の設立は、社会に出る前の腕試し。すでに存在する新聞部とは活動意義を異にするので、新同好会として設立。一年たった現在は部に昇格しているが、とにかくここまでは順調だった。
本来なら校内の事件に鋭いインタビューで切り込み、読者の興味を書きたてる面白い記事を報道していくつもりでいたが、活動開始早々あたしの思惑は外れることとなった。何故なら、その年の生徒会選挙において、圧倒的得票数で会長に選ばれたのが、政財界に強い影響力を持つ、綾小路グループのお嬢様だったからだ。
政界の黒幕、影の総理、財界の支配者、いずれ劣らぬ俗名も誇張ではなく、国内における綾小路グループの影響力は計り知れない。中でも彼女は、現総帥、綾小路重信の孫娘にあたり、これから日本の政財界に関ろうとする人間で、彼女に抗う者は皆無だった。
もっとも、そんな後ろ盾がなかったとしても、彼女の執政は完璧だった。非の打ちどころがない予算計画に、不評だった校則の改正。学院祭は例年にない盛り上がりを見せ、かつ利益まで出す始末。また学内ネットに匿名投稿可能な目安箱を設置し、校内の問題にもいち早く対処。