第1章 日常-4
もちろんデメリットばかりでなく、このフランス人の容貌は男の子にもてた。でもそれは、あたしという女の子じゃなく、金髪の女の子と付き合ってみたいという勘違いからくるものだった。今まで、いいなーと思う男の子と三人ほど付き合ってみたけど、いずれも金髪の彼女がいると舞い上がっただけで、あたしの気持ちはこれっぽっちも考えてくれなかった。だからキスもしないうちに別れて、恋はそれっきり。
「ところで、『鳳学院の歴史』の作成はいつから始めます?」
いつものおっとりした感じで、紫苑が詰まらないことを思い出させてくれる。うっかり忘れていたけど、毎月学院側に提出しなければならない、新聞用記事の作成期限は来週末に迫っていた。
「あんなの二、三日もあればできるから、ま〜だ大丈夫」
「まぁ‥、またぎりぎりになってしまいますわ、週明けから始めましょうね」
控えめながらも、しっかり自分の主義は押し通す。中学で初めて会ったときから、大河内紫苑はこんな感じだった。
大河内という姓は別段珍しくもないが、蒼月流家元の大河内家と言えば、華道界でも指折りの名家。紫苑はそこのれっきとしたお嬢様である。
家督はすでに長女が継ぐと決まっており、大河内四姉妹の三女である彼女は、ドラマに出てくるような相続争いとは無縁の立場。とは言え、彼女は純国産の大和撫子。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は何とやら。肩口で揃えた綺麗な黒髪に、日本人形のように端正な美貌。もちろん華道の腕前は超一流で、お淑やかな立ち振る舞いは才色兼備の名に恥じない。
しかし、あたしは知っている。あたし自身がそうであるように、人は見かけによらないものだと。
フランス女と大和撫子の意外な接点は映画だった。はっきり覚えてないが、中学に入ってすぐの頃、確か当時人気だった映画の話題で意気投合。以来会話の機会が徐々に増え、気がつけばあたし達は親友になっていた。そして付き合っていくうちに、紫苑の裏の顔も見えてくる。
まず彼女はスプラッターとか猟奇ものなど、血や肉が飛び散るような映画を好む。特にシリアルキラー(連続殺人犯)が大好きで、ある時、尊敬する人物はハンニバル・レクター博士よ、と真顔で言われて、心底怖いと思ったものだ。
さらにはインターネットで猟奇画像や殺人現場の画像を漁るのが趣味で、パソコンにはかなり強い。本人曰く、違法サイトにアクセスしてるうちに詳しくなった、とのたまっているが、経緯はどうあれ、我が報道部ではパソコンのエキスパートとして画像編集を担当。取材写真の編集や記事のレイアウト作成に携わってくれている。
「瀬里奈さんもお願いしますね、月曜日から始めましょう」
「はいはい、わかったわよ。ど〜せこれ書かないと部費がおりないって言うんでしょ」
ぶっきらぼうな答え方だが、瀬里奈も紫苑の言葉に耳を貸す。初めて会ったときを思えば、大いなる進歩だ。
あたしの瀬里奈の出会いは、文字通り衝撃的だった。
あれは入学するちょっと前くらいの頃、当時世間の話題は政治家のスキャンダルで持ちきりだった。就任したばかりの大臣に隠し子がいることがすっぱ抜かれ、非難轟々の大問題に発展。