第1章 日常-3
「はふ〜‥」
部室に入るなり、あたしはデスクに突っ伏し両手を伸ばす。もう駄目、バタンキュー。
このまま寝たら気持ちいいだろうな〜、な〜んて思っていたら無慈悲な声が降ってくる。
「何やってんのセァラ、潰れたカエルの真似?」
「も〜‥、何度も言ってるでしょセリーナ。セァラじゃなくてサ・ラ!あたしを呼ぶ時はちゃんと沙羅と発音して」
かく言うあたしだって瀬里奈のことをセリーナと呼んでるが、これはお約束。こういう呼び方をするのは、彼女がきちんと発音しなかったときだけ。
呆れ顔で腕組してる瀬里奈が、あたしの横にドスンと腰を下ろすと、夏服の紺色のベストの下で大きな胸が弾む様に揺れる。
「はいはい、で、何があったわけ?」
「ふふっ、英語の抜き打ちテストですよ、瀬里奈さん」
続いて入ってきたシオン、‥じゃなくて、同じ二年C組の紫苑がフォローを入れてくれる。ちなみに瀬里奈は英語が得意なA組文系クラス。ええい、理系の敵め!
ともかく、これで報道部の活動メンバーが勢揃い。お昼御飯食べに食堂へ行く前、部室で待ち合わせるのが、あたしたちの習慣となっているのだ。
あ〜、それにしても思い出しただけで頭が痛い。テストの出来栄えは聞くも涙、語るも涙‥、も〜桜井ちゃんなんて大嫌い。
な〜んて新米教師に責任転嫁を考えていたら、瀬里奈があたしの髪がすくいとる。
「まったく、こんななりして英語ができないなんて、ほんと詐欺よね」
「ちょっと〜、髪触わんのやめてよ〜」
ハエでも追い払うような仕草ではねのけると、背中まで伸ばした髪が顔にかかる。
全く忌々しい、‥この金髪。
デスク上のスタンドミラーを引き寄せ、自分の顔を覗き込む。鏡に映るあたしは、金色の髪に緑の瞳。どう見ても欧米人にしか見えない容貌には、子供の頃からコンプレックスを抱いていた。
東京は下町、生粋の江戸っ子として生まれた父、橘源一郎は、仕事の関係で渡仏。花の都パリで運命の女性ブリジット・バルテスに出会うと、たちまち恋に陥った。ケルト神話の女神と同じ名を持つ母は、父にとってまさしく豊穣の女神だったらしく、結婚後の仕事は順風満帆、出世街道まっしぐら。今では国内最大手の家電メーカー『トリクシス』の重役にして、次期社長候補まで出世している。
問題は愛の結晶の一つであるあたしが、母の血を色濃く受け継ぎ過ぎたこと。志門兄さんは黒髪黒目、楼蘭兄さんは黒髪碧眼、そして三人目の私は金髪碧眼と、橘家では徐々に欧化が進んでいるのだ。まったく、黒髪って優性遺伝子じゃなかったの?
ともあれ、見てくれはともかく、あたしは日本生まれの日本育ち。だからパンよりご飯が好きだし、目玉焼きには醤油をかけるし、当然母国語は日本語。なのに、物心ついたときから世間のあたしを見る目は外国人のそれ。下手な英語で話しかけられるのはしょっちゅうだし、学校でついた仇名もガイジン。せめて髪の色だけでも黒かったら、と中学の頃染めて見たが、かえって変になったのでやめた。