第1章 日常-10
贔屓目を抜きにしても、薫が次期生徒会長に選ばれることに、私も疑いを抱いていなかった。ところが実際の選挙は接戦となり、僅差で敗れたのは薫の方だった。あの時の彼女の取り乱し様といったらなく、見ているこちらまで心が痛んだ。その後の不正調査請求によっても選挙の結果は覆らず、プライドの高い薫の心に、忘れがたい屈辱の炎を灯すこととなった。
「なによ、九条家の分際でこの私に意見するつもり?」
「貴方とは選挙で戦いましたが、学院の秩序を求める気持ちは一緒です。もちろんご意見は参考にさせて頂きます」
「その結果がこの体たらく?お話になりませんわ!」
「そのような大声を出されては、他の生徒に迷惑がかかります。どうでしょう、生徒会室でお話を窺うわけにはいきませんか?」
「生徒会室!?」
遠目にも薫が気色ばむのがわかった。無理もない、薫にとって生徒会室は、会長の座を手に入れてから入るはずの聖域。このような形で誘われるのは、度し難い屈辱であろう。
さすがに仲裁に入ろうかと思い立つが、私の介入で現生徒会長に指導力不足の噂が立っては困る。その考えが二の足を踏ませた。
「‥いいわ、生徒会室で話をしましょう」
先程とは打って変って、静かな怒りに満ちた声が、論争に終止符を打った。まるで挑戦を受けて立つと言わんばかりに会長を睨みつけるや、薫は生徒会室へつながるエレベーターへと向かう。
一触即発の事態は免れたようだが、不安の種は尽きない。しかし会長職を辞した今、学院の秩序は次の世代に任せるべきであろう。三人を乗せたエレベーターが動き出すのを見届け、私は部屋へ引き上げることにした。
運命の歯車が音もなく動き出したことに、私は気付く由もなかった。