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あしあと
【家族 その他小説】

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あしあと-8

 暑いと思った。それで、目が覚めた。
 視線の先には、無機質な白い天井が見える。手術前の集中治療室だ。
 時間は何時なのかわからなかった。口に取り付けられている呼吸器がうっとおしい。
 自分の吐き出す息で呼吸器の内側が蒸して暑いのだ。
 まだ朦朧としていて、自分の体の感覚があまり無い。
 それでも、手術は終わったのだなという安心感は感じた。
 痛みは、ほとんど無かった。部分麻酔が効いているのかもしれない。
 少し首を動かすと、管だらけである。何がどういう管なのか考える気もしなかった。
 しばらくすると、看護師が様子を伺いに来た。

「目が覚めましたね? 具合はどうですか? 痛みはあります?」
「痛みは、さほど。ただ、少し息苦しくて暑いです。呼吸器、外せませんか?」
「あーこれね……うーん、ちょっとずらして……これでどうですか?」
「ええ、やや楽になりました」

 看護師は、口を完全に覆っている器具をわずかにずらしてくれた。
 それで室内の空気が感じ取れて、口元が蒸される感じが薄まり楽になった。
 一息ついたという感じだ。
 落ち着いて、自分の体を見回すと、足にはストッキングを履かされている。
 
「ああ、そのストッキングは血栓を防ぐためのものです。術後はね、血栓が出来やすいんで、定期的に足を揉みほぐす機械もつけてますからね、驚かないでください」

 よく見ると、腕や足に血圧を測るような機材が巻かれてあって、それが時々振動するようになっているのだ。
 何故血栓を防ぐのにストッキングを履くのか聞き出す余力はまだ無かった。
 今はT字帯というおむつのような下着をつけて、尿管も入れているはずである。
 客観的にはかなりひどい格好に見えるだろうな、と一瞬思った。
 尿管を入れている感覚もなかった。
 これは中にはキツい人もいるらしいが、俺はそうでもなかったようだ。
 この管を通して、尿も自然と出ているらしいが、そういう感覚もない。
 ほんの少し、足を動かしてみた。重い。鉄を動かしているような重さだ。
 本当に自分の足なのかと思った。シーツの内部で少し動かしただけで疲労感すら覚える。
 これが開腹するということなのか、という気がした。
 
「お熱を、測りますね」

 看護師が俺の脇に体温計を差し込む。
 情けないことに、されるがままで体はほとんど動かない。
 というか、動かせる気がしない。足動かしただけで、あの重さとだるさなのだ。
 音の鳴る体温計を看護師が取り出す。

「うーん、熱、高いですね。三十九度超えてます。体、だるいですか?」
「いや、熱がある感じはあまりないんですが」
「そうですか。術後は熱は出るんですけどね。アイスノン、入れておきましょうか」
「ええ、そうですね。お願いします」

 高熱の自覚は無かったが、少し暑いような気はしていたので、アイスノンが心地よい。
 時間を聞くと、朝六時のようだ。
 手術がいつ終わり、何時間寝ていたのかはよくわからない。
 しばらく、心地よさに任せて眠ることにした。


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