∀ 一家惨殺事件-2
両親を殺してきた。──彼がそう告白してきたのは一昨日のことだった。
元々は職人だったと言う彼の父親は、不慮の事故をきっかけに手の神経を失い、以後職にも就かず酒に溺れる日々を過ごしていたと言う。朝も夜も働き詰めだったと言う母親は、なにかに理由を付けて家を空けることが多かった。飲んだくれの父親が家事手伝いなどするはずもなく、幼く非力な彼はいつも餓えに苦しんでいた。やがて母親が何日も帰宅しないと言うことが続き、浮気を疑った父親は、母親に対して暴力を振るうようになる。物心付いた頃から彼の目に映る母親は、いつも身体に青あざを作っていた。幼い彼を残し母親は何度も愛人と逃げようと試みるが、その度父親の妨害を受け、悪循環にも暴力は益々にエスカレートしていった。しかし離婚など父親が許すはずもなかったし、母親も母親で、雁字搦めにされた束縛から逃れる希望を閉ざしてしまう。行き場のない母親の鬱憤はいつしか実の息子である彼に向けられるようになる。驚いたことに彼は、一度も、母親の笑顔を見たことがないと言う。
どこかで聞いたような、絵に描いたような、崩壊した家庭。不幸の代名詞のような彼。それでも彼は、いつも笑ってた。私がその事情を知る前も、知った後も。
中学を卒業したら、妹を連れて家を出るんだ。働きながら俺が妹を育てるんだ──その決意を聞いたのは僅か半年ほど前だった。彼は言った。我慢するのは今だけだと、けれどここまで我慢した自分は誰よりも頑丈だと、強いと。どんな困難もきっと困難ですらない、意志の強さは誰にも負けない、両親のように破綻した人格に育てられた自分がまともな人間だとはとても言えないけれど、誰よりも人の痛みが分かる人間でありたい。自分を見て、両親の育て方が悪いからだなんて言われたくない。人に褒められるような、すげえいいやつでいたいんだ、と。
卒業式は僅か一ヶ月先だった。もう少しで長年の苦境から解放されるはずだった。なのに、なのに、何故。