〈渇きゆく大地〉-11
『そうじゃろ、そうじゃろ……グフフフ……』
サロトの目配せで、部下達はバッグの中から封筒を取り出すと、その一つ一つを医師や看護婦達に手渡した。
その厚みに医師の顔は蕩け、看護婦達の顔もグニャグニャに溶けた。
『出産費用代はまだまだ先じゃが、これから美津紀が何かと世話になるからのう?』
医師達の態度の意味は、この封筒の為であった。
サロトが連れてくる〈嫁〉は、非合法な手段で手に入れた少女だと医師達は知っている。
それは美津紀の瞳を見れば一目瞭然だったし、同じ瞳をした少女を見るのも初めてではなかった。
(この娘も、どんな目に遭わされたやら……可哀想にな……)
美津紀のように自我が崩壊した少女は何人も看てきた。
自分の中に新しい命を宿した事すら分からぬ、哀れな奴隷……。
それでも、まだ気が触れた方がマシだと思えた。
自我崩壊が始まる前に妊娠の兆候が見られ、この病院に連れてこられた少女は、悲鳴が漏れぬよう猿轡をされ、暴れぬように緊縛されたまま検査をされていた。
その少女達は、老朽化していても此処が病院だと分かっただろうし、妊娠したか否かを調べる為の検査だという事は、明白だっただろう。
監禁と緊縛、自殺防止の為のホールギャグ。
そしてサロトが咀嚼した“流動食”だけの食事……故郷に帰る事も叶わず、絶望に押し潰されながら、醜悪なオヤジの遺伝子の塊が日に日に胎内で成長していく事実に怯え、忌々しい悪阻(つわり)に苦しみ、女に生まれた事を恨みながら出産するしかなくなる……。
もし、この人道に悖る非道を警察に通報したにせよ、その警察にもサロトの賄賂は行き届いていたし、もしも逮捕などとなったなら、収監された施設へのゲリラ達の武力攻撃とサロトの奪還、更に密告した者の一家の虐殺が待っているだけだ……。
『いつもいつもサロトさんには大変な御世話になってますから、必ずや元気な赤ちゃんを取り上げてみせますよ』
多額の賄賂を貰い、なんの不満があろうか?
サロトは街の治安を乱したりはしていないし、医師達に迷惑は掛けてもいない。ただ、この異国から連れてこられた少女達の悲劇に目を瞑るだけで、万事上手くいく。
出産後も、その少女に愛情を持って傍に置いておくのか、その産まれた子供に愛情を抱くのかさえ、医師達の悩みの外に置くしかなかったし、それで問題は発生しないのだから。