それぞれの世界-22
……今この人、あたしのこと“宗川さん”って呼んでくれた?
“宗川さん”なんて、総務部のみんなからしょっちゅう呼ばれてるし、端から見ればなんてことのない一般的な呼び方だ。
それなのに、この人が名前を呼んでくれた途端に、なんでこうもバカみたいに心臓が騒がしく跳ねるんだろう。
「……話、聞いてた?」
顔を上げれば、久留米さんはキョトンとした顔をこちらに向けていた。
「は、はい! ちゃんと聞いてました!」
「んじゃ、美味い店よろしく」
久留米さんは笑いをこらえるかのように、拳を口元に持っていきながらあたしを見ていた。
半分ボーッとしながらも、とりあえず待ち合わせの時間と場所を決めてしまうと、久留米さんはあたしに、
「じゃあ後で」
と、小さく手を上げレジの前へと歩いて行った。
彼は手早く会計を済ますと、こちらを振り返ることもなく店を出て行った。
素っ気ないのは相変わらずだけど、今はそんなの全く気にならなかった。
あの鉄仮面男があたしのことを“宗川さん”と呼んでくれ、あたしのお誘いにのってくれた。
そんな些細なことですっかり舞い上がっていたこの時のあたしは、久留米さんがチラッと言っていた“女友達”の存在のことなんて全く聞き逃していたのだ。
彼にとって、その“女友達”がどれだけ大きな存在だったのかを知らずに。