第10章 あなたが望むだけ、私の傍にいることを許してあげる。-1
デートの日、待ち合わせ場所に佇むひたぎの立ち姿に、昴はただ見蕩れていた。
ヒールの高いサンダルを履き、小さなハンドバックを下げて、淡いブルーのワンピースに身を包んだひたぎは、庇の大きな帽子を被って静かに立っている。そして、時折思い出したように通りの向こうに目を向けて昴の姿を探していた。
そのすらりとした立ち姿は、あまりにも上品でありながら、華奢で儚い少女のようでもあった。
そんなひたぎに見とれている内に、気がつくと既に待ち合わせの時間を過ぎていた。ひたぎの気分を悪くさせることだけは避けたいと、昴は慎重に言葉を選んで優しく声をかけた。
「姫さま。お迎えに上がりました」
「・・・5分遅刻よ。それに馬車が見当たらないのは、どういうことかしら?」
「その前に、遅刻の理由を聞いて下さい!」
「どうしたの?」
昴が背中からブーケを取り出した。
「姫さまの為にお花を摘んでいました」
ひたぎの頬がほころぶ。
「あなたの言語障害は救いようがないと思っていたけれど、どうしたのかしら?今日はとても流暢に話せるのね?あなたもやっと成虫に変態を遂げたということかしら?」
「っておい!」
「あら、誉めているのだけれど・・・」
ひたぎがブーケを受け取り、昴に笑顔を投げかける。
「昴、私の右手が空いているわよ」
昴はひたぎの手を取ると、これまで以上に大切な扱いで、電車を乗り継ぎお台場のレストランに案内した。
「とても素敵なレストランね。あなたの思い入れの強さが伝わってくるわ。でも、高校生にしては背伸びしすぎじゃないかしら。お金にものを言わせるなんて、どこかの商社マンか銀行員のようね」
「まあ、そう言うなって。理由があってお台場を選んだけど、人も多いからな。自信を持ってひたぎをエスコートできるレストランをこれでも厳選したんだぜ」
「あなたがしっかりとエスコートしてくれるのなら、ファーストフード店で並んで買い物をしてもよいのよ。でも、このレストランは気に入ったわ。海に浮かぶレインボーブリッジが一望できるのね。向こうに見えるのは、品川のオフィス街に東京タワーも見えるわね。都会の喧騒を離れて、あなたは何を語ろうと言うのかしら?」
「未来のことかな?たとえば10年後、ひたぎはレインボーブリッジの向こうで何をしていたい?ひたぎがどんな将来を描いているのか聞いておきたいんだ」
「・・・・・」
珍しくひたぎの言葉が止まる。
「あ、俺なんかマズいこと言ったか?」
「触れてはいけないことだと思っていたのに・・・
私は、至極普通の家庭に生まれ育った一般人。あなたは、三蜂財閥の直系にして、一族唯一の御曹子。しかも、類い希なる頭脳を以て高校生にして既に財閥の経営を左右する正に財閥を束ねる立場にふさわしいプリンスよ。そんなあなたが、どうしてそれを問いかけるの?」
「知っていたんだね?でも、少し違っているかな?現実はそれ程甘くはないんだ。競争は激しくなるばかりで、もう地域財閥が伸びて行ける時代じゃなくなっている。グループの経営は思わしくないし、近いうちに主要なグループ会社をメジャー企業に売却する予定だよ。大学を卒業するころには僕もただの一般人だ。
未来を約束されているのは、ひたぎの方だよ。ひたぎは驚くほどに才能に溢れている。そこに、その美貌と類い希なる意識の強さが加われば、どんな望みでも叶うはずだ。ひたぎが何を望むのか、どんな未来を思い描いているのか聞いておきたいと思ってね」
「・・・・・」
ひたぎがストローを手に、ジュースの氷を長い間くるくると回していた。
「秘密よ。でも、あなた次第じゃないかしら」
「それだけ聞ければ十分だ」