THANK YOU!!-1
12-14
あれから数日。自分一人しかいない、自主練用の控え室で瑞稀はトランペットを構えていた。少し息を吐き出して、大きく息を吸うとトランペットに息を吹き込み、音を奏でる。
曲目は、瑞稀の大好きなアメージング・グレイス。
いつもは大空が包み込んでくれるような優しさに溢れている音。
なのに、今は・・いや、ここ最近はまるで、素人の役者にある棒読みのセリフのよう。
『・・・全然ダメね』
気配もなにも無く、瑞稀が振り向くとドアに寄りかかるようにしてエンディが立っていた。なにも言わず、顔を背けて自分の膝元に下ろしたトランペットを見つめている瑞稀を、ただじっと見つめていたが、溜息をつくとドアから離れて瑞稀の正面まで近づいてくる。
『・・エンディ、何か用?』
『・・・そうね。情けないトランペット奏者にちょっと説教、かしら』
ふざけたような口調で、告げられた言葉に瑞稀は顔を向けた。
瞬間、首をぐいっと引っ張られ胸ぐらを強い力で掴まれた。目の前には強い目をしたエンディの顔。ただ驚くばかりで、顔を逸らすということは頭に無かった。
『情けない音出してんじゃないわよ!!プロならしっかり魂込めて吹きなさいよ!!いつまでも甘ったれてんじゃない!!』
「・・・!」
『プレッシャーに耐えられなくて実力出せなかった挙句にケアレスミスしました?そんな言い訳が通じるのは子供まで!!プロにはプレッシャーだろうと関係ないのよ!!』
「・・っ」
『バツが悪そうな顔をするなら、プロになるな!』
瑞稀の胸ぐらを掴んでいた力が緩んだと思った瞬間、身体を強く突き飛ばされた。
転ばずに、トランペットも落とさなかったのは奇跡だろう。それでも瑞稀はエンディになにも言わず、顔を背けた。
いつまでも目を合わせない瑞稀に、エンディは息を大きく吐き出した。怒気の含んだ表情は消え、逆に悲しそうな顔をした。
『・・でも・・プロだからって、誰にも頼ってはいけないわけじゃないわ』
「・・・!」
『誰だって失敗するし、大舞台を任されたら怖いわ。でもね、それを共有することも大事なのよ。』
「・・・・」
『何の為に私達仲間がいるの?』
『・・一緒に、音楽を奏でる為。』
エンディの言葉に、やっと口を開いた瑞稀は問われたことに答えた。不思議と、唇が答えを言っていた。その答えにエンディは顔を緩めた。
『そうよ。一人で恨詰めたってダメ、特にミズキは。』
『・・・ゴメン。』
『音楽だけじゃない。ボーイフレンドにも言えることでしょ?』
『・・え?』
今までの自分に対して何が足りなかったか分かった瑞稀が罪悪感を感じていたところで、思ってもない人物が会話に上がった。顔を上げ、エンディを見つめる。
『今回。アンタはボーイフレンドに、何を話したの?何を話して別れるなんてことになった訳?』
『・・・え・・?別に、なにも・・』
エンディに問われ、最近の電話やメールなどを必死に思い出す。自分が覚えている辺り、特別自分のことは話していなかったと記憶が告げている。自分に起きた都合の悪いことも話さなかった。拓斗の事は聞きまくったが。
エンディに答えてから、瑞稀に疑問がふっと生まれた。
「(・・なにも、話してない・・?)」
拓斗に別れを切り出されたとき。「なにも話してくれないのに」・・そう言われた。
その意味が自分に起きたトラブルの事を指しているのだと思っていた。だからこそ何も言い返せなかった。
だけど、今感じた疑問とその言葉に隠された本当の意味。今なら分かる気がした。
『・・・アンタがずっと何にも話してないからボーイフレンドは苦しんでいたんじゃないの?』
「・・!!」
今まさに、分かった答えをエンディからぶつけられたことで、瑞稀に現実味を帯びた事実となる。それでも、まさか。と首を振る。エンディから呆れた溜息が吐き出される。
『じゃあ、ミズキはボーイフレンドに、日本でのこととかを聴きまくったこと、ある?』
『・・そりゃ・・あるけど。』
『なんで?』
『なんでって・・何してるかなって、変わったことあったかなって、気になるから・・』
『それは、ボーイフレンドも同じじゃないの?』
『え・・』
エンディの言葉に、瑞稀は絶句した。
『誰だって恋人が自分の遠くに居たら、心配も不安もあるわ。一番気になるのは、恋人が自分のいない間に無理をしたり、傷ついたりしてないか。』
「・・・」
『ましてや、相手の顔を見ることが出来ない遠距離だもの。顔を見ればすぐ分かることも分からなくなるわ。そんな時に頼りになるのは、なんだと思う?』