ラインダースの系譜-6
「お前を待ってる間、暇だったからなぁ、古いゲームをひっぱり出したんだ。エメリナは中々やるな」
「先生のおじいさんこそ、もの凄く強いんですよ。つい燃えちゃって……」
気まずそうなエメリナの横で、祖父が豪快に笑う。
「こっちは散々やりこんだからな。年季が違う」
「じいちゃん……妙な所で大人げないのも、あいかわらずだな」
思わず呆れた顔になってしまったが、祖父は気にするようでもない。
手にした古いコントローラーへ、アイスブルーの目を細める。
「懐かしいな。昔、お前たちが狼になって走り回っている間に、アルベルトとこうやってゲームをして待っていた」
「あ……そういえば……」
一つ年下の弟は、ギルベルトと人型の外見こそ双子のように似ていたが、変身能力を一切持っていなかった。
兄のロベルトも含めて兄弟仲は良く、三人でいつも遊んだし、あんまりそっくりなアルベルトとは、入れ替わって周囲をからかう悪戯もした。
でも、変身衝動で苦しんだり、知り合いから機械音痴とバカにされると、普通の人間である弟が羨ましくなる時もあった。
「……アルは一緒に走れないのに、文句一つ言わないで、いつも山荘に付き合ってくれたっけ」
母や兄と変身し、気持ちよく走ってから山荘に戻ると、いつもゲーム機を放り出して、一目散に駆け寄ってきたのを思い出す。
そして数ヶ月前に、ウリセスが何気なく発した言葉も、脳裏に蘇った。
『他人が眩しく見えて、自分がつまらない存在に思えるなんて、よくある事じゃないですしょうかね? 僕も子どもの頃、狼に変身してみたいと、よく思ったものです』
――ひょっとしたらアルベルトも、変身できないと嘆いたことがあったのだろうか?
「アルもギルも、ようやく自分の幸せを掴んで、爺さんを安心させてくれたようだな」
祖父が心を読んだように、ニヤリと笑う。そしてエメリナの背中を勢いよく叩いた。
「自慢の孫を、末永く宜しく」
「はわわっ! こ、こちらこそ!」
真っ赤になったエメリナと同じくらい、ギルベルトも顔を赤くした。
まだ数日間は月も細く、フロッケンベルクに滞在しても問題ない。明日にはギルベルトの実家に行き、久々に両親や兄弟と会う予定だ。
勿論、彼等にエメリナを紹介する目的もある。
ふと、窓の外を見ると、白銀の粉雪が風に舞い散り踊っていた。
(さっきのは、本当だったのか……?)
時を越えて会った先祖は、白銀の雪景色が見せた幻かもしれない。それでも本当だと思いたかった。
誇り高い人狼ルーディが必死に紡いだ努力の糸が、この幸せに繋がっている。
あれこそが、本当に価値あるものだった。
そして彼の血を継ぐ子孫達は、これからもラインダースの系譜を紡いでいくのだ。
***
――数百年前。フロッケンベルク王都の一軒家にて。
今日からヘルマンの弟子となった人狼少年は、きちんと片付いた家の中を、興味深そうにあちこち眺めた。
「さて……」と、ヘルマンがルーディへ声をかけた。
「ルーディ、人間に紛れて暮らすのでしたら、適当な家名を決めなくてはなりませんね。好きなものを選んで、きちんと書けるように練習しなさい」
まずは読み書きからビシバシやりますよと、冷たい美貌の青年は容赦ない笑みを浮べている。
師のとんでもない厳しさを予感し、ルーディは思わず身震いした。そして少々困惑する。
「適当な家名っていっても……どんなのがあるんだよ?」
「はい、言い直し。『どのような家名がありますか?』ですよ。錬金術ギルドは、公の場では礼節に大変厳しいのです。きちんとした言葉使いに慣れなさい」
「……ど、どのような家名が、あります……か?」
舌を噛みそうなむず痒い丁寧語で言い直すと、ヘルマンは満足そうに頷く。
「そうですね。ありふれたものでは、バウマン、アメルハウザー、クラッセン、それにラインダース……」
「あ!」
「どうかしましたか?」
「昔、変な夢を見たんだ……」
琥珀色の目をくるんと泳がせ、ルーディは数年前に見た不思議な夢を思い出す。
冬の森を走っていたら、人間の街で暮らしているとか、おかしな事ばっかり言う人狼が出てきて……単なる夢だったはずなのに、妙に印象深かった。
暗灰色の髪をした、ルーディとよく似た顔の人狼は、ギルベルト・ラインダースと名乗ってたっけ。
夢の最後で、彼は何か叫んでいたけれど、そこは聞き取れなかった。
心の中でそっと呼んでみる。……うん、悪くない。
「お師さま、決めた! 俺の名前は、ルーディ・ラインダースだ!」
終