遠いこの街で-6
「大学生…ですか?」
驚いたことに最初に口を開いたのは彼女だった。
「ああ、すぐそこの。そっちは…高校生だよな。制服からして。」
「はい。」
そりゃそうだ。彼女は規定の制服をそのままの形で着ていた。今日は髪の三つ編みは、先っちょになるにつれて細くなっているのが可愛らしい。
「レポートは終わったんですか?」
「いや、今骨休み。多分そのうちこの辺でくたばって、腐ったオレが寝てるはずだと思うけど。」
「あはは、気を付けてくださいね?」
初めて笑った。今までの遭遇の場面が場面だけに何ともいえないが、困った顔ばかりしていたので少し意外だった。
「いくつ?」
「18、高3です。」
若いな。
思わず心のなかでつぶやいた。ヒロして変わらないのは分かっているが10代の響きがもう若い。そういった意味で制服姿はまぶしかった。
「今大変な時期じゃん。進学すんの?」
当たり障りのない会話になったが、これは付き物だろう。ふと彼女に目をやると少し暗い顔をしていた。もしかして地雷をふんだか?
少しの沈黙があったあと彼女は苦笑いしながら答える。
「いえ…進学はお金がかかるからしないです。」
そのストレートな物言いは、何故遠目をしながら一人で座っていたのか。何故暗い表情をみせたのか、理解させた。
「失礼だけど…家でお金に困ってんの?」
思わずきいてしまった。まぁ、そんなところです。と嫌な顔せずに答えてくれる。だけど表情はなんともいえないものだった。
「本当は進学したいんじゃないの?」
お互いに目を合わせる事無く言葉を交わす。ヒロの声に同情や哀れみの表情はなかった。
「…前々から決まっていた事だから。」
その声は自分自身に言い聞かせるように穏やかで諭していた。
「ごめんな、嫌なこと聞いて…」
「いえ…。」
沈黙が訪れようとしていたが、携帯のアラーム音がそこから運良く救い出してくれた。バイトの時間だ。
「バイトの時間だ。…あのさ、奨学金制度とかあるじゃん?学費免除とか、コストを削減する方法なんかいくらでもあるから考えてみれば?」
立ち上がりながらアドバイスをいれてみる。きっとこんな方法がある事は知っているだろう。分かってはいたけど言ってみた。
そうですね。と、彼女は淋しそうに笑ってみせた。きっとこの方法は消去されたものなのだろう。
カバンから百円位のスティックチョコを出して彼女に放り投げた。慌てて掴み取り申し訳なさそうにヒロをみる。何か話そうと口を開けたが、ヒロの方が先に口を開いた。
「やるよ、服のお礼。進学しないからって勉強やめんなよ?やっといて損はないんだから。」
彼女の返事を聞く間もなく、背中を向けながら手を振りヒロはバイトに向かった。
そしてヒロが去ったあと、再び彼女は戻るのである。ヒロが現われる前のあの表情に。