遠いこの街で-14
「…最低なのはオレの方か…。」
それから、ヒロはまったく彼女の姿を見る事無く。実習や何やらであの公園にも行かなくなった。
あの残暑厳しい時期に出会って、しこりを残したまま冬があけようとしていた。
久しぶりに訪れた公園、空は青く風もなく、日差しはもう春を感じさせるものだった。
「宮田さん、お久しぶりです。」
坪井千夏がヒロの前に現れた。彼女は笑顔で当たり前のように横に座る。
「あの時は悪かったな。そっちの事情も知らないで…ずけずけ言って。最低なのはオレの方だった。」
「いいえ。あの後…同じ事を言ってシスターにも怒られました…。」
彼女はヒロを見る事無く前を向いて懐かしそうに話を続ける。風上に座った彼女には煙草の煙は届かなかった。
「教育費を求めるために育てたんじゃない。見返りなんか何も求めない。あなたが幸せになってくれればそれでいいって。」
「ふーん。」
「思いっきり親の心子知らず、ですよね。」
彼女は嬉しそうにつぶやいた、そしてヒロを見て報告する。
「私、進学することにしました。学費免除の特待生とれたんです。」
「げっ!マジで?すごいな…。」
「宮田さんにあれだけズカズカ言われて腹が立ったんで、何くそ根性でやってやりました。」
笑顔で誇らしげに報告する彼女に、さすがのヒロも押され気味だった。複雑そうに煙草を口にやる。
「あ、そ。お役に立ちましたか。」
「はい、それで…やっぱり涼子ちゃんと住むことにしました。」
彼女の顔は穏やかだった。この答えを出すのにどれだけの勇気がいっただろうか。
ヒロは煙草を深く吸い吐き出した。
「あんた、幸せ者だな。」
「はい!」
二人共が笑顔だった。千夏はスパルタありがとうございましたと嫌味を笑顔でいい、嫌がらせか?とヒロも応える。それからなんてことない話を続け、出会ってから一番穏やかな時間が流れていった。
ヒロの笑っている顔が多く見られるのは珍しいことでもあった。
やがて春が来て、彼女は友人とこの街から出ていった。
桜の花が咲く頃にはお互いの新生活が始まる。
「あーもう、馬鹿だねぇ。みすみす良い出会いを手放すことねぇのに。もったいねーなぁー。」
「しつこいぞ、タケ。」
「…本当は惜しかったとか思ってんだろ?」
「お前じゃあるまいし。」
お互いの連絡先なんて交換しなかった。でも別れ際、また会おうねと、確かに彼女はそう言ったのだ。
握手をして、笑顔でまたねと、言ったのだ。
この街から離れて遠くに行った彼女にはまた新しい生活が待っている。いつかは帰ってくるのだろうか?オレが旅立つ前に戻ってはくるのだろうか?
やがて彼女からは離れてしまう街でも、遠いこの街でオレはまた新しく生活が始まる。