復活への道-4
静香が休職願を出してから1ヶ月後、それまで全く連絡がつかなかった静香がようやく電話に出た。電話をかけたのは上司、中山晋だ。
「皆川、大丈夫か?」
音信不通だった事を責めたりはしなかった。
「はい…。」
何と言われてもはいと返事するであろう覇気のない声に心配する。
「これからの事を色々相談したいんだが、署に来れるか?」
「はい…。」
「迎えをよこすか?」
「いえ、自分で行きます…。」
「そうか。じゃあ待ってるよ。」
心配しつつも電話を切った中山。静香は電話を切った後、魂が抜けたかのようなノソーっとした動きで床に投げ捨てられていた服を無造作に着て家を出た。
すれ違う人達が静香を驚いたような顔で見ていく。髪は水分が抜けパサパサしておりボサボサ。顔は荒れただれ吹き出物がたくさん出来ていた。疲れすぎたシャツにシワだらけのジーンズに裸足。靴を履くのすら忘れていた。すっかりやせ細り顔はこけ、幽霊がホームレスのような容姿、誰もが視線を送るに決まっている。しかし俯き道路を見つめながらフラ〜っと歩く静香に他人の視線など感じられなかった。
電車に乗ると静香の周りから人がス〜ッと離れて行った。目の前に座る子供が言った。
「く、臭ちゃあい!!」
隣にいた母親が慌てる。
「こ、こら…!す、すみません…」
子供を連れて隣の車両に出て行ってしまった。静香はその親子をボーッと目で追った後、自分の服の匂いを嗅いだ。
「臭い…。」
あの事件以来、風呂にさへ入っていなかった。しかし何も感じなかった。自分の匂いも、他人への迷惑も。静香は視線を窓の外に向け遠くの景色をボーッと見つめていた。
駅に着き署まで歩く間も同じだった。好奇な視線を浴びながら静香は歩き続けた。
「み、皆川か…!?」
捜査に出かけようとした捜査一課の角田俊介が静香の姿を見かけた。すっかり荒んだ静香に駆け寄る。
「おい、皆川!!」
臭い…、相当臭かった。一瞬ウッとなったが堪えて肩を揺する。
「ア…ゴブサタシテマス…」
死んだ目で見つめる静香に鳥肌が立った。署内も騒然とした。騒ぎを感じた中山が慌てて静香の元にやってきた。
「ど、どうしたんだ皆川!!」
「ゴシンパイヲ、オカケシマシタ…」
そんな静香を見て呆然とした。想像以上に危険な状態に感じた。
「と、とにかく中に入れ…!」
俊介の手を借りて中へ入る。会議室まで何人の署員が鼻を摘んだか分からない。異臭を撒き散らしながら会議室へと向かった。
椅子に座らせコーヒーを出す中山。とても相談など出来る状態ではないのは明らかだった。口元からコーヒーを零しながらも啜る静香。すっかり変わってしまった風貌、特に痩せ細った体が心配だった。
パンを差し出すと意志を持たないような手つきでパンを口にする。
「うっ…」
ずっとまともに食物を口にしていなかった静香は吐いてしまった。
「大丈夫か…!?」
「はい…」
驚く程の無表情さに事の深刻さを感じた。
「皆川…」
俊介は静香が好きだった。おっちょこちょいで失敗ばかりして頼りないが、女優並みの美人で人懐っこくて頑張り屋の静香は男性署員から絶大な人気があった。そんな静香の変貌ぶりが心配というよりショックだった。
「これからの相談どころではないな。角田、病院の手配をしてくれ。このままでは皆川は死ぬ。」
「は、はい!」
死ぬと聞いてゾッとした。角田は慌てて入院の手配をした。
すぐに病院に向かわせた。診察を受けた静香は病室で点滴を受けた。