雌狐の村-1
――明くる日。
山を下り、四人は再びあの『鎮守が森艶姿雌狐親子食堂』に立ち寄った。
春菜は麦茶を運んできたおばちゃんに唐突に質問した。
「あの、この山の森には、何か伝説みたいなものが、あったりするんですか?」
「伝説?」
「ええ。このお店も『鎮守が森艶姿雌狐親子食堂』っていう名前だし、鎮守が森、っていうからには何か言い伝えみたいなものがあるんじゃないかと……」
「何かあったのかい?」おばちゃんは目を輝かせて四人が座ったテーブルに椅子を運んできて座り込んだ。
「ええ、ちょっとだけ……」おばちゃんから目をそらして、春菜は言葉を濁した。
「何かあるんだな……」修平が夏輝に耳打ちした。
おばちゃんはにこにこ笑いながら言った。「わかった。話してやっがら」
「わしらはね、このお山に守られてるんだよ。んだがらわしらもお山を守ってるんだ。ほんで『鎮守が森』。大昔からそう呼ばれてんのさ。この山の水と空気で、ここいらの年寄りはみいんな元気で長生きできるんだよ。」
よくしゃべるおばちゃんだった。四人に相づちを打つタイミングすら与えなかった。
「お山の守り主は親子の白狐さまだ。母親と娘。あんたらが泊まったキャンプ場の近くにあっただろ? 小っちぇえ祠が。あそこで時々白狐様が気まぐれに儀式をされるんだ。豊穣祈願の。命を産み育てるお山が実り豊かであるように、っちゅう儀式。」
「儀式……っすか」修平がすかさず口を挟んだが、すぐにおばちゃんに遮られた。
「お山と同衾する儀式さね。同衾ってわがるか?セックス、性交、エッチ、まぐわい、」
四人は焦って周囲を見回し、一様に赤面した。
「人間の精をお山に振りまくっちゅう儀式なんだよ。言ってみりゃ、お山を妊娠させるっちゅうことだわな」
そこまで言って、おばちゃんはにやりと笑って修平と健太郎を見比べた。
「で、どっちがお山の相手をしたんだい?」
「こいつです」修平が健太郎の右手を持ち上げた。健太郎は慌てた。
「そうかい。ありがとさん。これでまたしばらく村も元気で安泰だわ」おばちゃんはまたにこにこ笑った。「で、何にするんだい? 注文」
「あたしはそば」夏輝が言った。
「私はうどんにしようかな」春菜が言った。
「俺もうどんとおいなりさん二皿」
「あいよ」おばちゃんは健太郎に目を向けた。「お山の婿殿のあんたは?」
修平が横から言った。「親子丼に決まってるよな、ケンタ」
「えっ? な、なんでだよ」
「だっておまえ、実際に体験したんだろ? 親子丼」
「ばかっ!」
「すぐ持ってくっかんね」
おばちゃんはそう言ってテーブルを離れた。
「って、親子丼って、まさか狐の肉と卵の丼?」修平が言った。
「あほかっ! 狐が卵産むかよ」
「小さく刻んだ油揚げの入ったとじ卵と大きな一枚の油揚げ、みたいだよ」夏輝が言った。
「なんで知ってんだ? おまえ」
夏輝は目だけを動かして隣のテーブルを見た。「横の人が食べてる」
「なるほどな」