雌狐の村-3
「ごっそさん!」修平がそう言いながら厨房脇のレジに立った。
麺を茹でていた中年女性が、タオルで白い手を拭きながらやってきた。「ありがとさん」
その声は接客をやっているおばちゃんとそっくりだった。
「やっぱり親子に間違いないね」春菜が健太郎に耳打ちした。健太郎は微笑みながらうなずいた。
店を出て、健太郎が乗ってきたワゴン車のドアに手を掛けた時、すぐ後に暖簾をくぐって出てきた初老の男性が爪楊枝を咥えたまま四人に声を掛けてきた。
「あんたら、お山でキャンプしたんかね?」
春菜が振り向いた。「そうです」
「よくもまあ、あんな何にもねえとごでキャンプしようなんて思ったなあ」
「でも、温泉もあったし、なかなかよかったですよ」
「温泉?」そのおじさんは怪訝な顔をした。「どごに?」
「え? あの、キャンプ場の奥の森に」
「温泉なんが、ねえぞ、あの森にゃ」
健太郎が身体をおじさんに向けた。「岩で囲んだ露天風呂……なんですけど」
「子宝の湯って石碑もあったよな」修平が夏輝に言った。
「お湯が湧くようなとごじゃねえで、ここは」
「ど、どういうこと?」春菜は健太郎の顔を見た。
「その風呂に入ったんけ?」
「はい……」
おじさんは爪楊枝を手に取って少し考えた後、微笑みながら言った。「白狐さまのサービスだったんかもしんねな。久方ぶりのお客だし」
わははは、と豪快に笑いながら、また爪楊枝を咥えてそのおじさんは去って行った。
車を発進させながら、健太郎は助手席の修平に顔も向けずに言った。
「さっきの話……。どう思う?」
「おまえ、狐さまにたぶらかされてエッチした本人じゃねえか。あるんじゃね? そういうこと」
「どこまでが現実で、どっからが幻かわからなくなってきた……」
リアシートから夏輝が二本の缶コーヒーを前の修平に渡した。「ケンちゃんにも」
「ありがとう」健太郎が言って、左手をハンドルから離してその一本を修平から受け取った。
「気づいてた?」
夏輝の隣に座った春菜が唐突に口を開いた。
「何が?」健太郎が応えた。
「お店やってた親子の女の人、二人とも左目の下にほくろがあったんだよ」
2013,11,22 初稿脱稿
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