母と娘-3
「ケン?」
春菜はテントの中で目を覚ました。
隣で横になっているはずの健太郎がそこにいないことに気づいて、彼女は身体を起こした。
「ケン?」もう一度春菜はその恋人の名を呼んだ。急に不安に駆られ、彼女はテントを出た。
「ケン!」春菜はあたりを見回しながらまた健太郎の名を呼んだ。春菜の胸の中にある重苦しい固まりがどんどん熱くなり、それは喉元に上がってきてどくんどくんと脈打ち始めた。
春菜は堪らなくなって隣のテントを揺さぶった。「夏輝! 天道くん! 天道くんっ!」
テントから夏輝と修平が眠そうな顔を出した。「どうしたの? 春菜」
「ケ、ケンがいないの! いなくなったの!」
二人はテントから這い出してきた。
「トイレじゃねえの?」
修平はそう言って、サンダルをひっかけ、ぼりぼりとショートパンツ越しに尻を掻きながらトイレを見た。しかし、そのトイレの電灯は消えたままだった。
「ケンタ!」修平は健太郎の名を呼んでみた。
虫の音だけが三人の耳に入ってきた。
「どこ行っちまったんだ? ケンタのヤツ……」修平も不安そうな顔を夏輝に向けた。
「いつからいなくなったの?」夏輝は春菜に身体を向けた。
「わからない……」春菜は涙ぐんでいた。「気づいたらいなくなってた……」
「ケンタのことだから、大丈夫だとは……思うけど……」修平は春菜を元気づけようとしたが、功を奏さなかった。春菜の目から涙が溢れ始めた。
「ケン、ケン……」春菜はその場に力なく座り込んだ。
その時、
「イくっ! ルナ、ルナーっ!」
森の中から健太郎の叫び声が聞こえた。
春菜は弾かれたように立ち上がると、声のした方に駆けだした。修平と夏輝もランタンに火を灯して、春菜の後を追った。
三人がたどり着いたのは、狐の祠がある空き地だった。不思議なことに、その場所だけぼんやりと白い霧のような光に包まれている。
「ケン!」春菜が叫んだ。
健太郎は一糸まとわぬ姿で芝生の空き地の真ん中に四つんばいになり、ぜえぜえと激しく胸を上下させて喘いでいた。
春菜は健太郎に駆け寄った。
「ケン! ケン!」春菜は狂ったように叫びながら健太郎の身体を抱き起こし、肩を揺さぶった。
「はっ!」健太郎は目を見開き、顔を上げた。「ル、ルナ……」
彼は春菜の泣きはらした顔を見て、一気に赤面した。
「こ、こんなとこで何やってやがる!」修平が強い口調でそう言うと、健太郎は慌てて股間を押さえ、焦ったように立ち上がった。春菜は健太郎の汗ばんだ身体をぎゅっと抱きしめた。
「い、いったい俺は……」健太郎が放心したように言った。
「何やってたの? ケンちゃん、一人で……」夏輝が祠の前に脱ぎ捨てられていた健太郎のTシャツとジーンズ、それに下着を手に取り春菜に渡した。
健太郎は春菜から下着を受け取り、焦ってそれを身につけた。
修平がにやにやしながら言った。「おまえ、こんなとこで一人エッチやってたのかよ」
「い、いや……」
修平がランタンで照らした芝生の上に、たった今放出されたらしい健太郎の白い液が大量に振りまかれていた。
「春菜を抱いてやればいいじゃねえか。なんで一人でやんだよ。」
「ち、違うんだ」
「春菜、泣いてたぞ」
健太郎はシャツとジーンズを身につけ終わると、静かに言った。「テントに戻ろう。ここで俺がたった今体験したことを話してやるから」
「はあ?! なんじゃそりゃ?」最初に大声を上げたのは修平だった。「その母子にたぶらかされて、いつの間にか春菜と夏輝相手にエッチしてたってのか?」
「そ、そうだ」
「わけわかんねー」修平はコーヒーの入った紙コップを持ち上げた。
「だけど、明らかにその母親と娘が化けてた。ルナと夏輝に」
「ずっと夢みてたってことじゃない?」夏輝が言って、銀色のポットから健太郎のコップにコーヒーを注ぎ足した。
「夢にしちゃリアルすぎる。もっともやってたことは超非現実的だけど……」
「狐の祠に関係あるのかな」春菜が健太郎に身を寄せたまま呟いた。「その母娘って、もしかしたらあの狐の親子かも……」
「それは間違いないと思う……」健太郎は小さくため息をついた。
「狐に幻を見せられた、ってか?」修平がコーヒーを一口すすった。「あちっ!」
「何にしても、ケンちゃん、無事で良かったじゃない。怪我もしてないみたいだし、何かに取り憑かれてる風でもないし」
「逆に気持ちよくイかされたわけだしな」修平がいたずらっぽく笑って、コーヒーにふうふうと息を吹きかけた。
「よせよっ」健太郎はまた赤くなってコーヒーをすすった。