キャンプ場のある村-1
今年23歳になるシンプソン健太郎は高校時代の同級生、月影春菜との交際を続けている。彼は家業のチョコレート・ハウス『Simpson's Chocolate House』を継ぐべく、お菓子作りの専門学校を出て、現在は父親ケネス・シンプソンの右腕として精力的に働いている。
恋人の春菜はデザイン系の学校を出て、やはりこの店の主要なスタッフになっていた。商品のパッケージデザインはもとより、季節毎に趣向を凝らした店内のレイアウトや装飾なども主に彼女の手によるものだった。
健太郎には天道修平という中学時代からの親友がいた。修平は高卒後、教育系の大学に進み、保健体育科の教師として地元の公立中学校に勤務し始めたばかり。そして彼にも日向夏輝という高校三年生来の恋人がいる。その夏輝は高校を出て警察学校に入校し、研修期間を経て、今は町の交番に地域課の巡査として勤めている。
「修平は学校でもよくキャンプとかするんじゃないのか? 生徒たちと」
ワゴン車を運転しながら、健太郎が助手席で遠慮なくビールを飲んでいる親友に向かって言った。
修平は左手に持った缶を口から離して、右手で口元を乱暴に拭った。
「生徒といっしょにキャンプしたひにゃ、くたくたになっちまわ」
「そうなの?」リアシートから春菜の声がした。「天道くんでも振り回されちゃうの?」
修平は顔を後ろに向けて困ったような表情で春菜を見た。「ロクにメシも作れねえくせに、腹減った、って騒ぎ立てやがるし、夜はいつまでも寝ねえで盛り上がりくさって、朝はいつまでも起きて来ねえし。自己中極まりねえ」
「そんな時、あんたが朝、ちゃんと起きてごはん作るわけ?」春菜の隣に座った夏輝が言った。
「できればそんなことやりたかねえんだがよ、ガキ共の尻ひっぱたいて朝メシ作らせてっとイライラしちまって、思わず自分であれこれやっちまう」
「確かに大変そうだ」健太郎が笑いながら青に変わった信号を確認して車を静かに発進させた。
健太郎、春菜、修平、夏輝の四人は、夏も終わりに近づいた頃、ようやく休みがかぶって、いっしょに一泊のアウトドア・キャンプを計画したのだった。
「そろそろじゃないか? 修平」
健太郎が、隣で地図を見入っている修平に声を掛けた。
「左手に山、右手に市街地……。ロケーションとしては確かにこのあたりっぽいな」
「あ、案内板があるよ!」後部座席から夏輝が叫んで前の二人の間に腕を伸ばして指さした。
顔を上げた修平が言った。「おっ、ほんとだ、『鎮守が森(ちんじゅがもり)艶姿(あですがた)雌狐(めぎつね)キャンプ場』って書いてあら」
「……って、」春菜がぼそっと口にした。「変わった名前じゃない? このキャンプ場。今さらだけど……」
健太郎は案内板の矢印通りに交差点を左折した。
「だけど修平、なんでこんな辺鄙(へんぴ)なキャンプ場選んだんだ?」健太郎が訊いた。
「知る人ぞ知るキャンプ場なんだとよ。ガイドブックにも、ネットの検索サイトにも載ってねえ。まさに超レアなマニア向けキャンプ場ってやつだ」
「どこがどうレアなんだよ」
「まず利用料。一グループあたり百円。」
「安っ!」
「自販機なし、シャワーなし、あるのは水の出る蛇口とトイレのみ。」
「不便極まりないな」
「おまけに年間平均利用者数3.7人」
「はあ?!」健太郎は大声を出した。「と、ということは、今日、俺たちが利用することで、年平均利用者数をすでに上回るってことか?」
「そういうこったな」
「めちゃくちゃマイナーなキャンプ場じゃないか! なんでそんな不便なキャンプ場を選んだんだ」
修平は静かに、諭すように健太郎を見て言った。「あのな、ケンタ、キャンプっつうのは不便でなんぼだ。不便がいやなら家から出るな」
「おまえも夏輝もそういうの、好きなのか?」
「自分が試せるじゃねえか。それにな、何にもないところで過ごすってのは、人間の原点に戻れる。野性の動物みてえに。そう思うだろ?」
「本能だけで生活するってか」
「食欲と睡眠欲を満たすことが主な目的ってもんだ。おっともう一つあったぜ」
「何だよ」
「性欲」
「あほかっ!」