オオカミさんの ほしいもの -3
――ジークと恋人なのかと聞かれたら、マルセラは首を傾げてしまう。
休日はよく一緒に過ごすし、勝手に入っていいと部屋の合鍵まで貰った。
いつでも危険から守ってくれる。困ったことがあると助けてくれる。
けれどジークはマルセラに、一度も愛を語ったりしない。「好きだ」と言われたことすらない。
小さな頃は、おんぶや肩車をして貰ったけれど、いつしか手を繋ぐこともしなくなった。数センチの間をあけて、隣りを歩くだけ。
恋人には遠く、かといって他人にしては近すぎる微妙な関係だ。
『……俺の嫁になるのは、嫌か?』
驚きのあまり口も聞けないでいると、彼らしくも無い声音で尋ねられた。
どこか不安を滲ませたような、こんな声を聞くのは初めてだ。
『い、嫌じゃない!! 嫌なはず無いよ!!』
マルセラは激しく首を振る。
将来の夢は、魔法使い教員だ。けれど、小さな頃から願い続けてきた、もう一つの夢がある。
『ジークお兄ちゃんのお嫁さん』という願いは、未だに継続中だ。
『どうかなさいましたか!? さっきから大声が聞えると……』
慌てふためいた看護士が扉を開くのと、ジークが病室のベッドに上体を起こした祖母へ向き直るのは、ほぼ同時だった。
『お願いです……マルセラを嫁にください』
ジークが誰かに懇願する所も、マルセラは初めて見た。背を向けていたので、どんな顔をしていたのかは判らなかったけれど……。
祖母はやつれた顔に、静かな微笑みを浮べた。
『マルセラが選んだ貴方でしたら、私も依存はありませんわ。これからも、あの子を守ってやってください』
もしかしたら、祖母はもうとっくに、こうなる事を予感していたのかもしれない。
以前からジークをよく食事に招いたし、二人で出かけるのにも反対しなかった。
エメリナを通じて知り合ったウリセスが、綺麗なウェディングドレスのカタログを届けてくれ、細かな手続きや手配を全てそつなくこなしてくれた。
男性用の白いタキシードまで持ってきたのだが、『こっちは頼んでねぇ!』と、ジークは断固として拒み、内輪なのだから退魔士の制服を着ると言い張った。
しかしウリセスのニヤニヤ顔から察して、どうやらタキシードは、ジークをからかうために用意されたらしい。
こうして思いがけず、祖母に早々と花嫁姿を見せることが出来たのだ。
小さな教会で祖母の見守る中、ひっそりと結婚式をあげた。
妙に体格の良い神父は、少年時代はジークとよく殴り合いをした仲だそうで、真面目な顔で聖書を読み上げる時以外は、終始ニヤついていた。
ジークは我慢の限界といったしかめっ面だったが、誓いの言葉を無事に終えたあと、額に触れるか触れないかのキスを一瞬だけされた。
――それから三ヶ月。
慌しく二組の引っ越しを終え、祖母も田舎で静養を始めた。
大好きな祖母と離れるのは寂しかったが、長期休暇には遊びに行くと約束したし、祖母も体調が回復したら訪問すると約束してくれた。
マルセラは家事が得意なほうだったし、ジークも外見からは意外だが、結構マメにやってくれる。
なんでも昔、退魔士養成所の寮で生活態度を叩き直されたらしい。
新婚生活は順調といっていいだろう……いまだに普通のキス一つされない他は。