温泉休暇の大騒動-5
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昨日までの吹雪が嘘のような快晴だった。
温泉地の宿泊施設へは、ふもとの小さな駅から送迎バスが出ている。
ギルベルトたちは、ふもとの観光地を先に回り、午後のバスに乗った。
小一時間ほど山道を揺られ、段々と雪景色の中に入っていく。道の両脇に積み上げられた白銀の雪が、午後の陽光をキラキラと反射していた。
「うわぁ……すごい建物ですね」
異国情緒たっぷりの風格ある木造旅館に、エメリナが感嘆の声をあげる。
ギルベルトも感心し、建物を見上げた。
「東の国から、丸ごと持ってきたみたいだな」
ここ数年、独特の魅力のある『東の国文化』を銘打つ建築物や店が増えてきているが、その殆どが、大陸東端の文化と、大陸から離れた東の島国文化をごちゃまぜにしたものだ。
西の人間から見れば同じに見えるのだろうが、両者は似通っている部分もありながら、実はかなり違う。
しかし、これは奇妙な東一帯の混合物でなく、完璧に東の島国の古文化を再現した建物だった。
緻密な角度で組み合わされた木造建築は、内部までも凝りに凝っていた。紙の大きな提灯に、細い竹を用いた扉など……。
紫の着物を着た女性従業員たちが出迎えてくれ、客たちは部屋に案内される。
エメリナは扉を横にスライドさせて開けるのに驚き、室内で靴を脱ぐように言われ、また驚いていた。
畳敷きの部屋は広く、落ちついた調度品が飾られていた。
エメリナはキョロキョロと室内を探索し、ギルベルトは窓の障子を開けてみた。
三階の客室は眺望が良く、白い雪の積もった山間部の景色がよく見えた。
都会の喧騒から離れた雪景色が、故郷の北国を懐かしく思い出させ、ギルベルトは目を細める。
空気はかなり澄んでいるが、今日は月もまだ細く支障は無い。こうして平穏な旅行を楽しめるなど、夏の大騒動が嘘のようだ。
窓のすぐ下は、松や巨石で整えられた風情ある中庭になっており、隅の一角は子どもの雪遊び場に開放されていた。
何組かの親子連れが、楽しそうに雪遊びに興じ、大小さまざまな雪だるまが乱立している。
ギルベルトの視線の先で、赤いダッフルコートを着た小さな女の子が、大きな雪だるま作りに精をだしていた。赤いフードの下から、栗色の巻き毛がわずかに覗いている。
元気の良さそうな頬をリンゴ色に染めた、なんとなく赤ずきんを思わせる少女だ。
雪だるまの向こうから、黒いコートがチラチラ見える。どうやら男性のようだが、少女の保護者なのだろうか。
嬉しそうな少女の顔を見ると、微笑ましい光景に、こちらまでほんわかした気分になってくる。
やがて雪ダルマが完成し、黒コートの保護者が、横から顔を突き出した。短い金髪をツンツンに逆立てた……。
スパァーン!!!!!!!!
電光石火で閉められた障子戸の音が響き渡り、エメリナが飛び上がる。
「わっ!?先生、どうかしました!?」
「……俺は、疲れているのかな……?」
――すぐに血がたぎってしまう同族が、少女と楽しく雪遊びをしていた気がする。
恐る恐る障子を細く開け、庭を覗いてみると、もう二人の姿はなかった。
「やっぱり、見間違いだったみたいだ」
ほっと息を吐き、畳に座り込むと、旅館の案内地図を眺めていたエメリナが、声を弾ませた。
「じゃぁ先生、さっそく温泉に入りませんか?」
「あ、ああ……」
「え? ……あれ? 温泉が男女別?」
案内図の注意書きを見て、エメリナが水着を片手に首をかしげた。
大陸の西では、温泉=プールの感覚だが、どうやらこの旅館では、純粋に公衆浴場として楽しむ本格的な東風の温泉を儲けてあるらしい。
案内図には、その文化の違いも記載してあった。
「へぇ〜……それなら男女別になるわけですね」
旅館の部屋には、丁寧に畳まれたタオルと浴衣のセットが、男女一式ずつ用意されていた。
さっきの不吉な見間違いを忘れるように、ギルベルトは軽く頭をふって、温泉セットを手に取る。
「せっかく変わった所に来たんだ。異国文化を楽しもうか」