〈晴らすべき闇〉-1
{お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか……}
今日もまた陽が暮れ、夕闇が巨大な警察署を飲み込んでいく。
捜査1課の置かれたフロア。
自分のデスクに座ったまま一点を見つめ、沈痛な面持ちの春奈は、何時もと変わらぬ通話を遮断すると、溜め息をついて俯いた。
真っ黒な長髪が暗い表情を覆い、更に沈痛さは増していた。
麻里子や文乃の着ていた衣服に似た黒いスーツを着た春奈は、その幼さの残る顔立ち故か、刑事というより新入社員のよう。
スーツを着ているというよりも、スーツに着させられているような、何処か頼りなさもあった。
「もう大丈夫。手掛かりが掴めそうだから」
にこやかに笑う瑠璃子が突然に消え、そして……もう電話すら繋がらなくなった……。
署内には沢山の警官がいる。
だが、この悩み事を打ち明けられる“人物”は、春奈には居なかった。
美津紀には文乃が居た……そんな信頼関係を築けた先輩もおらず、かと言って、麻里子や瑠璃子のように八代に頼る訳にもいかなかった……。
八代潤……春奈は、この刑事に言いようの無い気配を感じていた……いや、最初は麻里子達と同じ感情を抱いていたのだが、瑠璃子が消えた時点で、その“気配”は一層強くなっていった……。
八代が他の事件に配属が決まった翌日、麻里子は消えた。
そして、協力を求めた瑠璃子までも、忽然と消えたのだ。
麻里子が消えた時は、八代にも狼狽える様子も見えたが、数日もすれば平然とした態度を取っていたし、瑠璃子に協力していた時は、何やら浮かれた様子で、楽しげにさえ見えた。
更には八代の着ける香水の香りを、瑠璃子が漂わせる時もあり、その意味を春奈は知らない年齢でも無かった。
ただの刑事同士とは思えない協力……瑠璃子はヘアスタイルを気にし、メイクも凝った物となり……そんな瑠璃子が失踪しても、八代には悲しみすら見えない……春奈には、八代が頼れる刑事とは思えなくなっていた。
(……どうしたら?私は……?)
まだ運転免許を所有していない春奈には、八代の尾行もままならず、姉妹の捜索すら満足には行えない。
ただでさえ妬みの視線の方が多かった銭森姉妹に、手を差し延べる刑事などおらず、この集団の中にいても春奈は孤独だった。
……と、俯く春奈の肩に、温かい手が置かれた。
まさか八代が?
春奈はゆっくりと顔を上げると、そこには姉・麻里子と同じような凛としたオーラを纏った刑事が、優しい顔で見下ろしていた。