〈晴らすべき闇〉-9
「さっき此処に来てた男……知り合いなの?」
先程の態度など気にしてないと言わんばかりに、春奈は質問をぶつけ、金髪男の前に立った。
握り締めた拳を震わせながら、唇を尖らせて見下ろす春奈を、男は上目遣いでジッと見上げている。
その瞳には感情が見えず、蛇などの爬虫類のような冷たさしか無い。
それは獲物を見据えた捕食者そのものの、冷血な輝きを湛えた姿だ。
『……知り合いじゃない。さっきの奴も刑事だったぜ?あんたらと同じ用件で、此所に来たんだ』
少し首を捻りながら、男はゆっくりと答えた。
それは憎らしいほどの、余裕をもった答えかたであった。
まるで自分の方が格上だとでも言いたげに。
「そう?あの人、今回の失踪事件の担当じゃないのにね」
『………』
上手く誤魔化したつもりが、どうも不自然な答えだったと専務は思ったが、まだボロを出した訳ではないと余裕ぶって胸を張った。
「それにさっき車を止めて話しをしたの。貴方とは長い付き合いがあるって言ってたけど、なんで隠すようなコトを言うのかしら?」
出任せでも春奈は畳み掛けようと、話しを繋いだ。
この台詞で何らかの綻びを見せれば、事件解決はグッと近付くはずだ。
少しでも先走った様子を見せまいと、春奈は平静を装う。
震える拳はどうしても止まらないが、せめて表情だけには表すまいとしていた。
『……知り合いねえ?まあ、かなり昔にも失踪事件だかが有ってな、その時も何回かココに来たっけ。それで勝手に知り合いって言ったんじゃねえかな?』
「………」
春奈には返せる言葉が無かった。
そして、さっき過去の事件の事を聞かされた景子にも。
もし、麻里子が過去の銭森姉妹失踪事件を春奈に伝えていたなら、今の答えに突っ込む事は出来た。
しかし、その事件を知らなければ、春奈には続ける言葉は見当たらない。
春奈は専務をキッと睨むと、踵を反して事務所を後にした。
そして景子も、事務所のドアを開けて外に出た。
振り向いた金網の遥か向こうでは、甲板上を眩しいライトで照らされた貨物船が聳え、数人の作業員が剥げ落ちた表皮を拾い集めていた。
作業服の色からして、さっきの会社の所有物だと判ったが、それ以上の詮索を二人は思わなかった。
「最初の探りなら、あんなもんかしらね?これで八代も何かしら動くはずだし」
勝手に作り上げていたイメージと違った言動に、景子は軽い戸惑いと、頼もしさを感じていた。
八代の事を質問に絡めたのだから、おそらくは何らかの動きを見せるはず。
多少の行き過ぎはあったかも知れないが、それで“結果”がでるなら問題の外だろう。
二人は車に乗り、港を後にした。
春奈にも景子にも、確信と言える強い思いが握られていた……。