〈晴らすべき闇〉-12
「……そんな秘密……私なんかに喋っちゃっていいの?守秘義務なんじゃない?」
コーヒーを啜りながら、景子は横目でチラリと見た。動揺も無く、落ち着いたままの八代には、やはり不審な様子は見えない。
だが、それが景子には“不満”だった。
当事者以外、誰も知り得ない“事実”を他人に告げるのに、全く呼吸も乱れず、言葉にすら詰まらないのは可笑しな事。
それは、八代が予め“こうなる”だろうと準備しているはずだ。と言っていた春奈の予測にガッチリと適合していた。
「……謎は解けたわ、ガリクソン君」
『!!!』
景子は右手の人差し指を立て、頬に当てながら八代を見た。
やはり表情は変わらなかったが、その瞳の奥に表れた微かな動揺を、景子は見逃さなかった。
「……この台詞って、どうゆう意味なんだろうね…?なんかバカみたいよねえ?」
景子はコーヒーを飲み干すと、紙コップを自販機横のゴミ箱に捨てて立ち去った。
クルリと向きを変え、長髪を揺らして立ち去る景子の後ろ姿を、八代はジッと睨んでいた。
(く、クソアマぁ……調子に乗りやがって……)
昨夜、港の事務所に二人が来たと専務から電話を受けていた。
春奈は簡単に狩れると嘗めて掛かった結果、つまらぬ所から綻びが出てしまっていた。
もう気軽に事務所には行けないし、瑠璃子のように一人だけ呼び出すのも困難になってしまった。
それより、思いの外早く春奈達は捜査を進め、かなり危険な所まで踏み込んで来ている……明らかに、自分が疑われていると、八代は実感していた。
もう悠長に構えている余裕は無い……文乃のように、景子にも消えて貰うしか無い……八代は早足で警察署から出ると、黒いセダンの覆面パトカーに乗って駆け出した。
「あらあら、そんなに急いで何処行くのかしら?」
八代は尾行されていた。
黒いセダンの後方に、同型のセダンが現れた。
着かず離れず……数台の一般車両を挟み、一定の距離を保ちながら、その車は着いていく。
「……間違いない……お姉さんはアイツに……」
膝の上に乗せた拳は握り締められ、唇をギュッと噛む助手席の女性は、黒いスーツを着た春奈だった。
殆ど瞬きもせず、真っ直ぐな瞳で見つめている。
「ねえ、お祖父様にお願いして拘束してもらったら?」
まだ容疑者と認定するには早すぎるが、それでも警視総監の権力を使えば八代は拘束出来る。
勿論、あの港の事務所にいた金髪の男もだ。
二人別々に尋問すれば、必ずや意見の食い違いは現れるだろうし、そこから逮捕に踏み切れるはずだと景子は確信していた。