彼の名は-1
「じゃあさ、宗川(むねかわ)さんって今フリーなの?」
しじみ貝みたいな小さな目を眼鏡の奥から光らせて、文屋(ぶんや)さんがあたしにビールを注いできた。
注ぎ方が下手くそなのか、コップの中は8割が泡になっている。
「はあ……、一応は……」
プライベートな事は教えたくないと、暗にアピールしたつもりで濁し気味に返事したけれど、文屋さんはそんなあたしに気付かないで、ニイッと笑うと急に身体を少しだけこちらに近づけてきた。
……キモい、キモすぎる。
あたしは苦笑いをしながら、彼が近づいた分だけ身体を引っ込めた。
普段はあたしには当たり障りのない話しかしてこないくせに。
こうやってお酒の力を借りて、自分を大きく見せようとする人って大嫌い。
多少モーションかけてみて、脈なしとわかれば酔っていたから覚えていないと言い訳するタイプなんだろうな。
どことなく冷めた視線を彼に向けてから、あたしは仕方なしに苦手なビールをチビリと口に含んだ。
これが社会人のお付き合いなのか。
ため息まじりに辺りを見回すと、だだっ広いお座敷に、ズラリとお膳が向かい合わせて並んでいて、上座からまるで年功序列のようにおっさん達が並んでいた。
気のつくお局様達が、そんなおっさん連中の元へ一生懸命お酌にまわり、アハハウフフと上辺だけの会話で盛り上がっている。
さっきまでのあたしはと言うと、そんな大人のお付き合いをくだらないとつまらそうに眺めつつ、お膳に並んだ大して美味しくもない料理をチビチビつまんで、好きでもないビールを無理矢理流し込んでいた。