あの時のアレ 〜side久留米〜-19
芽衣子は潤んだ瞳をこちらに向けた。
「……本当に無かったことにしていいの?」
「オレだって茂に言えるわけねえもん。
無かったことにできるのならそっちの方が好都合なんだから」
すると、芽衣子は緊張の糸が切れたのか、初めてホウッと息を吐いた。
オレもつられてホッと息を吐く。
正直、夕べのことは無かったことになんてしたくないけれど、彼女がそう望むのならそれに合わせるだけだ。
オレは結局芽衣子にとっては友達以上の存在になれなかった。
……でも。
チラッと彼女の安心した顔を見たら、これでよかったと思えた。
オレのせいで芽衣子が苦しむくらいなら、オレ一人が報われない片想いで苦しんでいる方が百倍マシだ。
「さ、じゃあ飯食うぞ」
オレは気を取り直して芽衣子に朝食を食べるよう促すと、彼女は
「……久留米くん、ありがとう」
と、微笑んでくれた。
やっぱりコイツは笑っているのが一番だ。
オレは身体を捻って、夕べ部屋の隅にぶん投げたままの『座敷女』を拾い上げると、
「これ、茂に返しといて」
と、テーブル越しに芽衣子に渡した。
〜end〜