真紅の螺旋『弦音誘惑』-1
空には雲一つなく、風も穏やかな絶好の遊び日和。公園では、幼稚園の園服を着た子供達が無邪気にはしゃいでいる。
まだ五月になったばかりで気温はそれ程高くはないが、走り回っていれば当然汗を掻く。遊び疲れて日陰に座り込んだ子供達の間を、ひんやりとした風が通り抜けた。
その風に乗り、一つの音が流れてきた。おそらくバイオリンだろう。透き通るような美しい旋律に子供達は耳を澄ませ、音のする方へ足を進めた。
この公園はたいして広くない。子供達はすぐにベンチに腰掛けバイオリンを弾いている男を見つけた。
「ガイジンだ」
子供達の一人が呟いた。柔らかそうなブロンドの髪に青色の目。そして白い肌。まさしく彼はガイジンだった。
子供達の視線に気付いたのか、彼は弾くのを止め、子供達に顔を向けた。
「こんにちは」
意外にも流暢な日本語で彼は挨拶をする。
「……カッコいい」
「うん。オレのとーちゃんよりカッコいいかも」
子供達の賛辞に彼は鬱陶しがることなく、微笑みで返事をする。
「ねえ、名前は?なんて言うの?」
「ストラル・ハンメル」
「ふーん。変な名前」
「ははは……。そうだ、一曲聞いてくかい?」
ストラルは子供達の返事を待たずにバイオリンを構え、曲を弾き出した。
静かな公園にバイオリンの音色が響く。子供達もストラルの奏でる音に耳を傾けている。
リズムが変わる。
メロディーが変わる。
しばらく経つと、子供達全員がうっとりとした表情を浮かべていた。まるでストラルを敬い、彼の音色に陶酔するように。
「……さて」
ストラルは演奏を続けながらも、ベンチから立ち上がった。弓の動きを止めずそのまま公園の出口に向かう。
異変が起きた。
ストラルの演奏を聴いていた子供達も立ち上がり、ストラルの後を追い出口に向かい始めた。誰もが恍惚の表情を浮かべ、目は焦点が合っていない。
再び風が公園を吹き抜けた時、公園には子供達の姿はなかった。あるのはサッカーボールやシャベル、ゲーム機のみ。
子供達がいなくなった公園。
まるで、それは──。
〜
「ハーメルンの笛吹き男?」
「うん。最近噂になってるんだよ」
昼休み。何人かの生徒を視界の隅に収め、閑夜愛加と燕条絢は屋上で昼食を食べていた。いつもは教室内で食べるのだが、絢の「せっかく天気もいいんだから、屋上で食べないと損だよ」の一言で屋上に行くことになったのだ。
「で、噂の内容って何なの?」
野菜サンドを食べつつ愛加。料理は一通りできる愛加だが、昼食はいつも購買部で買っている。
野菜サンドを食べ終え、レジ袋から巨大なパンを取り出す。
「あれ?またあの子から貰ったんだ。そのSPDXあんパン」
愛加が持っているパンの名はSPDXあんパン。本当の商品名をスーパーデラックスあんパンという。。ここ柳縁(りゅうえん)学園の一番人気のパンであり、しかも一日に十個しか売られない限定商品のため競争率は凄まじい。
「そうよ。それで噂って何?」
あんパンを小さく千切り、静かに口に運ぶ。咀嚼する時でさえ音を立てない。
「えーっとね……」
愛加の横に座る絢は手作り弁当。琴葉の昼食を作るついでに、自分の分も作るらしい。ウインナーが可愛らしくタコの形に切られている。
「何かその名前の通りみたいなんだよね。昼間の公園に現れては子供達を攫ってくんだって」
変な話だよね、と絢はタコさんウインナーを口に運んだ。