異種族間の交際哲学-2
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「――この部分は、狼になった時のためだったんですね」
書斎の大きな窓から、オレンジ色の夕日が差し込み、エメリナとギルベルトを照らす。
まもなく夜だが、今夜は新月だ。
姿を消した月の変わりに、地上のネオンが夜を賑わせるだろう。
書斎の床にペタンと座り込んだエメリナは、ギルベルトのバックパックを感心して眺めた。
レンジャーの仕事に赴く時に使うそれには、どう考えても不思議な位置に余分な背負い紐が縫い付けられている。
前々から不思議だったが、狼に変化した時にも背負えるための型だったそうだ。
「ああ。一人だと採集なんかが不便で、色々と工夫していたんだ」
ギルベルトが頷き、バッグパックへ荷物を詰めはじめた。
先月からウリセスを散々こき使った代償として、お使いを命じられることになったのだ。
行き先は、とある山岳地帯に住む少数民族の村で、彼らだけが作れる香料を買いに行く。
それほど危険地域ではないが、村人はひどく気難しいらしく、気に入らない相手は即座に追い払う。ギルベルトは以前、無事に購入できたが、今のところ脱落者が続出中らしい。
ギルベルトが荷造りをする横で、エメリナも大はりきりで、自分用に購入したバックパックを取り出す。
「同行できるなんて、夢見たいです」
今回の仕事に、一緒に来てくれないかと誘われた時には、本当に夢だと思って自分を引っぱたいた。
行き先は遺跡ではないけれど、独自の文化を持つその村は、以前にギルベルトから聞いて、とても興味を引かれていた場所だ。
「本当は、エメリナくんが一緒に来てくれたら、どんなに助かるかと、ずっと思っていた」
もう、人狼を隠さなくても良いのだからと、ギルベルトは照れくさそうに笑う。
「もっとも、エメリナくんの同行を一番喜びそうなのは、ウリセスだけどな」
彼は卓上に放置した自分の携帯電話を指した。
ウリセスはギルベルトを説き伏せ、ようやく携帯電話を持たせたのに、あそこまで使えないのでは、GPSの役目くらいにしかならないと、嘆いていたのだ。
エメリナが同行すれば、デジカメで写真も取れるし、レコーダー類も使える。ウリセスにとって最も重要な宝物の『情報』が、格段に多く手に入るだろう。
荷物を詰め終わると、ギルベルトはふと心配そうな顔になった。
「でも、ご両親は本当に良かったのかな?」
「大丈夫です!」
エメリナは堂々と胸を張る。
先日、ギルベルトと共に実家へ行ってきたのだ。
エメリナをレンジャーとして同行させるなら、危険は少なくともご両親の了解を取るべきだと、彼の主張だった。
心配した母の舌戦は凄まじかったが、結局は父&エメリナの粘り勝ちとなった。それに本当の決め手は、母が相当にギルベルトを気に入ったことだったろう。
『こんな良い男、絶対に逃がしちゃだめよ! お母さんだって若い頃、お父さんを地の果てまでも追いかけてく覚悟で、ようやく捕まえたんだから!』
返り際にヒソヒソと囁かれ、赤面した。
まったく、あの母は……。