金髪女-1
深い青一色だった空の一角が、ひときわ明るく輝き始めた。
木立の間を縫いながら、そよ風が頬をくすぐるようにすり抜けていく。
日の出前だというのに、そんなに寒くは無い。むしろ清々しさを感じる丁度よい涼しさだ。
ここは早朝の近隣公園。
住宅がひしめくように立ち並ぶ町の一角に設けられた、住人たちのための自然とふれ合う憩いの場。あるいはスポーツも楽しめる場でもあり、かなりの広さを誇る公園だ。
園内には芝生が敷き詰められた広場、水遊びができるプールと噴水、ちょっとしたハイキング気分が楽しめる森林、さらにはスポーツ競技場までもが建てられ、さまざまな施設が充実している。
昼間は年配者や主婦が散歩したり、子供を遊ばせたりと賑やかだが、今はまだ人の気配すら全く無いに等しい。一人の少女を除いては。
丁度、この辺りの草むらだっただろうか。
昨日の夜、一人の女性と一匹の大型犬が姿を消した所は。
記憶を頼りに慎重に歩を進めてきた少女は、少し前屈みになって、聞き耳を立てながら注意深く周囲を伺った。
肩の辺りまで伸びたゆるふわボブの黒髪が、前に流れて彼女の顔を覆う。
眼前には、広場から離れて森林へと、灌木の生い茂る草むらの間を縫うように散歩道が続いている。
道の両脇の植え込みには、花が散った後も剪定されず背が伸びたツツジが生い茂っている。
時おり風に乗って運ばれてくる、微かな川のせせらぎが聞こえる。
この森林のずっと向こうは確か、フェンスで囲ってあり通行禁止になっているが、その先は背の高いススキや葦が生い茂る草むらになっていて、一級河川へと繋がっている。
ようやく昨日の夜はここまで突き止めたけど、まさか一晩過ぎても、まだここに居るはずはない。
そう考えると途端に張り詰めていた緊張の糸が解けたのか、少女はおもむろに頭を起こすと、両腕を上に突き出し、うんっと背筋を伸ばした。
すると天を仰いだ頭から黒髪が後ろへなびき、中学生にも満たないような幼い顔立ちが現れた。
半袖の体操服は、しわが伸びてくっきりと胸のラインを描き出した。残念なのは、その胸は発育途上とはいえ、膨らみと言うにはまだまだこれからだ。
少したるんだ濃紺のハーフパンツ、そこからひょろりと伸びた脚も、女の色香を纏うのはまだまだ先のようだ。
(さてと、もう帰ろうかな。明日は先回りして、この近くの草むらに潜んで待ち伏せしてもいいわね)
少女はくるりと向きを変えて、その場を立ち去ろうとした。
その瞬間、背後からガサリと草をかき分けるような物音が聞こえた。
「あら……あなた、さっきから居たの?」
振り返った途端、植え込みの繁みから、不意に金色に染め上げられたショートボブの成人女性が顔を上げた。
「お、おはようございますっ……!」
思いがけない突然の出来事に、少女は飛び上がりそうになったが、咄嗟に出た言葉はちぐはぐな返答だった。
「ふうん。こんなに早くから、公園でジョギングしてる人もいるんだぁ……感心ね」
金髪女は、けだるそうな表情を見せながら舐めるような視線を少女に送った。
少女は、この金髪の女性を知っている。
スラリと伸びた脚、引き締まったボディライン。そしてGカップはあるだろうか、スリムな体には不釣り合いなほど大きく飛び出した形の良い両胸。
まるでクレオパトラを彷彿させる、小さくて彫りの深い顔。切れ長だが、少し釣り上がった鋭い大きな眼が印象深い。
熟女特有の色香で獲物を引きつけ、虜にする……ゾッとするほど美しく神秘的だが、同時に危険すら感じさせる怪しげな顔立ちだ。
そしていつも夜の11時を回った頃、その女は黒のハーフコートに身を包み、踵の高い黒のハイヒールでコツコツ音を立てながら、少女の家の前を通り過ぎていく。
しかも金属の鎖が首輪に繋がれた一匹の大型犬に急かされ、引き摺られるようにして。
少女は毎晩、二階の自室の窓からカーテンの隙間越しに、その姿を覗き見していたのだった。
――その金髪女が今、すぐ目の前にいて、その切れ長の目を見開いて、こちらをしげしげと見つめている。
「……あなた、私に用事があるんじゃなくて?」
その女の唇の端が緩やかに歪んだ。すると、何とも怪しげな笑みをたたえた淫靡な顔に変わった。