金髪女-6
彼女の声は徐々に呻き声へと変り、何を言っているのか聞き取りづらくなってきた。
それまで呻り声のように威嚇的だった犬の声が、喘ぐようなかすれ声に変わり、同時に荒い鼻息とペチャペチャ舐めすすりあうような音が目立ち始めた。
やがてパンッパンッ、パチュッパチュッと激しい打音がうるさく鳴り響き、会話出来る状態では無くなってきた。
どうやら、サヨコは途中から真奈美の声もそっちのけで、犬達との行為に夢中になってしまったようだ。
――それから暫くして、真奈美は力無く受話器を置いた。
「はああ……なんだか一方的に押し切られちゃったよ……」
強引に犬とのラブシーンを見届ける約束をさせられてしまった真奈美は、力なく肩を落とした。
「あれ? 足の裏が冷たい……床がぬれてる?」
暫くして我に返った真奈美は、自分がした行為で床を汚してしまったことに気付いて、慌てて雑巾を取りに走った。
しかし興奮の余韻で彼女の瞳は、まだ熱を帯びて焦点が定まらないようだった。
――数日後。
真奈美は今日、その女と会う約束になっている。
それはサヨコの電話攻勢に根負けしたから? それとも自宅に来られたら真奈美とサヨコの関係が両親に知れるから?
それもあるが、真奈美が持って生まれた好奇心が、無意識下で獣姦という禁断の世界に興味を向けさせたからかもしれない。
――金髪女は、石神沙夜子と名乗った。
真奈美の家の裏手から300mほど離れた、高い壁と有刺鉄線に囲まれた広い庭付きの豪邸に住んでいるという。
仕事はITの映像関連。自分で数社ほど経営しているという。
犬を連れて近隣公園を散歩し、気の向くままに交尾するのは、数ある趣味の一つだとか。
どこまで信じていいものだろうか。真奈美は少し後悔していた。素性の知れない女と会う約束をしてしまったことを。
そして一部始終を見守るようにお願いされている。犬と交わっているところを……。
約束の時刻は午後10時半。あと5分ほどだ。自宅の部屋で待つよう言われているが、また電話でも掛けてくるのだろうか。
真奈美は部屋の学習机の前で携帯電話を握りしめながら、椅子に座っていた。
自宅の固定電話を鳴らされたのでは、一発で家族に知られてしまう。真奈美は渋々、自分の携帯の電話番号を沙夜子に教えてしまったのだ。
「あれ……?」
何気なく部屋のカーテンの隙間から見える外の景色をぼんやり眺めていた真奈美は、街灯の下で黒く大きな犬を引き連れてぽつりと立っている人影に気が付いた。
慌ててカーテンを開いて、窓を開けた。その人影は右手を上げて合図した。
大胆な沙夜子の行動に、真奈美は一瞬ためらったものの、同じように右手を上げてOKのサインを出した。
その後暫くして、二階の自室から足音を消すように、そろりそろりと階段を下りると裏手の勝手口から家を出た。
静かに勝手口のドアを閉めるてカギを掛けると、キーはすぐ近くの生垣に隠した。
「あら真奈美ちゃん、白に青の水玉のワンピね!似合ってるわ、可愛いわよ」
「さっ、沙夜子姉さん、待ち合わせ場所が私の家の前って、やばいよ。パパとかママとか、近所の人に見られたら……」
真奈美は、相手の挨拶を無視して近づくなり小言を言った。
「あら、迷惑だった? 公園まで一緒に散歩したかったのよ……!」
「もぉー、沙夜子姉さん、私困るんだから!」
真奈美は、いつの間にか沙夜子とは遠慮なく話せるようになっていた。
それもそのはずだ。沙夜子はここ数日間、頻繁に真奈美に電話し、親しくコミュニケーションを取っていた。
時折、獣姦の話題や知識を提供し、好奇心を煽り、興味を惹かせるよう仕向けてきたのだった。
「あれ、沙夜子姉さん、今日はいつものドーベルマンじゃない! 黒くて一回り大きくてガッシリしてる!」
真奈美は、てっきりドーベルマンを連れてくるものと思っていた。しかし、連れてきたのはさらに大きくてたくましい犬だった。
ずっしり構え、落ち着き払った態度は、何とも言えない威圧感と風格を醸し出している。
「グレートデーンっていう種類なのよ。ガッシリしてるのは体だけじゃないわ。あそこももちろん、ガッシリ固くて大きいわよ。
――そうね、人間でいえばプロレスラーってとこね」
(こんなのに乗り掛かられて、ぎゅうーと締め付けられてしまったら…… 身動き一つ出来なくなったところを、後ろから突かれたら……)
この前に眼前で繰り広げられた女とドーベルマンの異常な交わり―― それを鮮明に思い出した真奈美は、ほんのりと額に汗ばみ、頬にほてりを覚えていた。
「あっ、あのっ、その……この前のド、ドーベルマンより大きいの? さっ、沙夜子姉さん、そんなの本当に入れちゃうの? 入っちゃうの?」
「うふふっ……! 大丈夫よ、何とか入るわ。でも、入れた後からがまたすごいの」
(すごいって……どう凄いんだろう? そんな太くて大きいのでお腹の中をかき回されたら……)
真奈美は自分があまりにも異常な想像をしていることに気が付き、咄嗟に質問を変えた。
「あっ、あのドーベルマンより、この子のほうが良い? も……もしかして、ドーベルマンの彼氏を振っちゃったの?」
「振ってないわよ。彼とは今日の夕方に、ちゃんとお家の庭でやってきたわよ」
「えっ!? やってきた……の? じゃ、これって、もしかして、ふたまたがけ? って言うんじゃないの」
「うふふ、それは人間社会でのお話ね。 動物の世界では、好きな相手は一人だけなんてルールは無いのよ!」
女は好奇心が露わになった真奈美を愛しげに見つめながら、近隣公園へと招き入れ、この前に真奈美と出会った場所へと進んで行った。